湘南でプレーするなかでおとずれた変化
あと数ヶ月もすれば、否が応でも決断を下さなければいけない。心技体のすべてが充実していたからこそ、できることなら時間が止まってほしいと、山田直輝は心のなかで念じていたかもしれない。
湘南ベルマーレが負けなしの状況に入り、J2戦線の首位を快走していた昨夏のある日。ピッチのうえで群を抜く存在感を放ち始めていた「8番」は、何度も「いま」と繰り返した。
「いまいる環境で、自分のサッカーをすべて出すことしか考えていない。来年のことはもちろん、1ヶ月先も1日先も僕にもどうなるかわからない状況で、いまはサッカーをしているので。いまを生きることにフォーカスしているというか、これだけいまを生きることに夢中になっているのは初めてです」
浦和レッズから期限付き移籍で加入したのが2015シーズン。自らの強い希望で2度に及ぶ延長をへて迎えた、山田にとっては初体験となるJ2を戦った昨シーズンの後半になって変化が生じてきた。
ベルマーレを率いる曹貴裁(チョウ・キジェ)監督も、20日に発売された新刊『育成主義 選手を育てて結果を出すプロサッカー監督の行動哲学』(株式会社カンゼン刊)のなかでこう綴っている。
<見た目にはっきりと山田が変わってきたのは、昨シーズンの夏場を前にしたころだった。ピッチのうえでまったく足を止めない。消えてしまう時間帯がほとんどなくなり、いたるところに絶えず顔を出し、1試合の総走行距離も多いときで13キロ近くに達するようになった。
治療の効果がようやく出てきたと、思わずにはいられなかった。ゴールをいくつ取ったとか、アシストをいくつ決めたという問題ではない。とにかく走るようになったし、守備で生じるスペースを誰よりも先に埋めようと、ディフェンスでも率先して頑張るようになった。
しかも、自分が評価されるためではなく、チームのために走っている、という献身的な思いがベンチにもひしひしと伝わってきた。そのほうがはるかに楽しいことに、ようやく気がついたと言っていい>
曹監督はユニークな言葉で、19歳になる直前で日本代表デビューを果たした山田の性格を表現したことがある。曰く「相槌を打たない男」と。いい意味では自分の意見やスタイルを貫き通す頑固者となるし、悪い意味では自分勝手となる。