引退後苦しんだ代表選手。死因はなんとヘディング
“普通のヘディング”と脳障害との関連が疑われる発端は、1980年代にノルウェーの医師が発表した研究報告だ。30代~60代の元ノルウェー代表選手の多くが頭痛、短気、めまい、集中力低下、記憶障害などに長く悩まされていた。脳波を調べると異常が見つかった。しかもCTで脳の断面を調べると脳に萎縮も見られたのだ。
この報告以降、引退した元プロ選手だけでなく現役のプロやアマチュア、大学、高校、中学のサッカー選手の脳機能にヘディングが与えた影響を調べた研究結果が続々と報告されている。脳細胞のダメージや脳の萎縮、認知機能の低下を報告するケースが多い。
元プロ選手を対象にした報告では、例えば、40~60代のドイツの元プロ選手で生涯のヘディング回数が多い人ほど大脳皮質の特定の部分が薄くなり、記憶力も低下する傾向にあった。昨年の1月にも、認知症を患っていた元プロ選手5人の脳を病理学的に詳細に調べたところ、ヘディングによる物理的なダメージの影響が見られたと発表された。
とはいえ、一般的な英国男性と元プロ選手を集団的に比較すると認知症や認知機能の低下は同じ程度という調査結果もあり、判然としてないのが現状だ。
ヘディングと認知症の関連を以前から強く訴えてきたのが、1960~70年代に主にウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン(WBA)で得点を重ねて活躍し、キングの異名をもったストライカー、ジェフ・アストルの家族だ。ジェフ・アストルは2002年にヘディングによって発症した認知症が死亡原因だったと、英国の検死官裁判所ではじめて判定された元プロ選手。
妻のラレインによると1970年のW杯でイングランド代表にも選ばれたジェフ・アストルの人格は、引退から約20年後の1997年に変わり始めた。まず落ち着きがなくなり、興奮しやすくなったという。そして摂食障害と行動障害を発症。やがて3人の自分の子どもや孫を認識できなくなり、長いすで横たわるだけでそれは悲劇だったという。
2002年にジェフ・アストルの脳を解剖して調べた病理医のキース・ロブソンは、脳には非常に多くの脳外傷の痕跡があり、それは直接顔を殴り合うボクサーの脳を見ているようだと語っている。
59歳で亡くなったジェフ・アストルの脳は2014年に再度、詳しく調べられた。神経病理医で今回の調査を指揮するウィリー・スチュワートはジェフ・アストルの死因は認知症ではなく、ヘディングの繰り返しによる慢性外傷性脳損傷だと結論づけた。そして、ジェフ・アストルのケースは特別なことではなく、サッカー選手では一般的に起こっているだろう語っている。