夢だったプロの道へ。ブリスベン・ロアでチャンスつかむ
日本にいた本人も、「日本でプレーを始めた時点で誰も気にしてくれていないし、絶対に選ばれるないと思ってたから、本当にびっくりで、信じられなかった」と寝耳に水。しかし、ひとたび参加を決めると迷いはなかった。「少々緊張気味で臨んだ」という合宿でも臆せずにアピールして、そのままチームに定着。U-19アジア選手権予選を戦うメンバーに選出された。
その後、急な監督交代の余波と激しい競争を勝ち抜き、見事にAFC U-19選手権本選への出場を勝ち取った。おそらく攻撃的ポジションのままでは、このチャンスすら現実のものになっていないかもしれないことを思えば、あらためて、このコンバートが持つ意味の大きさを感じずにはいられない。
2016年のAFC U-19選手権では、勝てば決勝トーナメント進出というグループリーグ最終戦のタジキスタン戦で先発出場のチャンスが巡ってきた。次の準々決勝の相手は日本と分かっていただけに、チームの誰よりもオトゥールのモチベーションは高かった。
試合早々の自らのクロスからの相手のハンドの反則で得たPK。これを決められないでいると、そこからタジキスタンは11人が自陣に張りついて離れない徹底的な守備戦術を採った。結局、ゴールを奪えないままスコアレスドロー。ヤング・サッカルーズは一歩及ばず無念の敗退となり、オトゥールの待ち望んだ日本との対戦は叶わなかった。
成立学園を卒業して18歳になったオトゥールは、豪州国内でプロになる機会を求め帰国する。アデレード・ユナイテッドのユースチームに所属した後、一昨年4月にブリスベン・ロアの練習参加の機会を得て、2週間のトライアルの後に念願のプロ契約を勝ち取った。その後は故障に見舞われながらも、じっくりとプロの水に慣れてから、満を持してAFCチャンピオンズリーグ(ACL)のムアントン・ユナイテッド戦(2017年4月26日)でプロデビューを果たすと、2017/18シーズンのAリーグ第6節メルボルン・ビクトリー戦(2017年11月11日)で待望のAリーグデビューと確実に進歩を見せている。