「アイツがここでやりたいとなったら、いつでもこっちはウェルカムだから」
ジュビロ磐田の選手として迎える公式戦103試合目だった。明治安田生命J1リーグ第34節・鹿島アントラーズ戦、川辺駿は溢れる想いをヤマハスタジアムのピッチに全て放出した。序盤からフルスロットルで駆け回り、ボールに食らいついた。チャンスと見るや相手ゴール前へ駆け、何かを起こそうとした。
「アイツ涙流しながら出て行ったんだよ。まあ、感極まる気持ちもわかるし、思い入れも強いけどね」
名波浩監督は暖かな表情で明かしている。これが磐田でのラストゲーム。そんな思いで川辺はこの一戦に臨んだのだろう。攻守の切り替えは恐ろしく速く、ボールを刈る意欲もいつも以上に高かった。前半、鹿島を圧倒した磐田だが、強い決意と集中力を体現した川辺がチームをけん引したといっても過言ではない。
川辺はこれまで、『90分の中で何ができるか』に重点を置いてプレーしてきた。「守備をしたから勝てるとは思っていないし、攻撃にどれだけ力を使えるかだと思う」と言う。もちろん、課されたタスクを疎かにするわけではなく、チームの勝利のために自分が何をすべきかを考えている。試合状況に応じて、その場その場で最善の判断を導き出せるのが川辺という選手だ。
だが、鹿島戦の川辺はいい意味で何も考えていなかった。試合開始のホイッスルが鳴った瞬間から、なりふり構わぬ姿勢で向かって行く。球際のバトルも厭わず、率先して長い距離を走ってスペースを埋めた。かと思えばカウンターでスピードアップし、相手を出し抜く突破からシュートに持ち込んだ。1分1秒も無駄にしない、そんな鬼気迫るファイトを見せたのだった。
90分間ピッチに立つつもりはなかったのかもしれない。時間の長さより、どれだけ濃密に戦えるかを優先したように見えた。「交代する7分くらい前から足がつっていた」と名波監督が話したように、ベンチに退く時は力を使いきっていた。
「まあ、人間なら借りているものはしっかり返さないと。またアイツがここでやりたいとなったら、いつでもこっちはウェルカムだから。半分水色を着ていると思えば、ね」
川辺を出迎えた指揮官は、右手を差し出すと力強く抱きしめた。その腕の中で、22歳の若者は何を思っただろう。