現場の取材記者は私よりも冷たかった
フリューゲルスのサポーターによる(クラブ存続の)署名活動は、かなり早い時期から始まっていました。Jリーグに署名を提出した時は一緒に行っていますし、サポーターのひとりが(羽田の全日空本社で)癇癪を起こして、灰皿を蹴飛ばして警備員さんともみ合いになったのも見ています。
そんな感じで、事あるごとにサポーターに密着していましたけど、私自身は合併が撤回されるという発想はなかったですね。「署名が何十万とか何百万集めれば、きっと何とかなる」とか、まったく思わなかった。やっぱりサポーターではないから、どこか引いて見ているところが間違いなくありましたね。
まあ、自分でも「冷たいヤツだな」と思うところはありました(笑)。けど、現場で取材している記者の皆さんは、もっと冷たいというか、「こなし仕事のひとつ」としてやっているように感じましたね。特にサポーターへの取材で。
「今のお気持ちを一言で」とか、平気で聞くんですよ(苦笑)。そんなの一言で言えるわけがないじゃないですか。サッカー専門誌の人たちは、それなりに親身になって取材していたと思うんです。でも番記者でないと、じっくり取材する余裕はなかったみたいですね。
どうしても目の前の試合が優先になってしまって。もちろん試合レポートは詳しく書けるんだけど、サポーターの心情や全日空の経営状況まで意識が回らない。
これは一緒に取材していた、ライターの戸村(賢一)くんの指摘なんですけど、長年全日空に君臨した若狭(得治)さんと前社長だった普勝(清治)さんのラインが崩れたのが(合併の)遠因にあるんじゃないかと。私もそう見ています。
若狭さんが社長や会長だった時代、確かに頑張って国際線を拡大したんだけど、その分のツケは普勝さんが社長になった時に回ってきて、相当な赤字が溜まっていたと。結局、若狭さんの息がかかった人たちが経営陣から撤退して、普勝さんも97年に社長を辞めるんですが、そこから全日空にリストラの嵐が吹き荒れるんですよね。フリューゲルスの消滅も、その過程の中にあったと思うんですが、そのことを指摘するメディアはありませんでした。