トゥヘル前監督との対立。ドルトを去る決心
しかし、これらのオファーにドルトムント側が応じることはなかった。その実績を考えれば、そう簡単に手放すはずがない。他ならぬミスリンタート氏自身が、BVB以外のクラブで働くことは考えなかったという。
ところが年明けの“事件”が、スーパー・スカウトの考え方に影響を与えた。オリベル・トーレスの獲得を巡って、トーマス・トゥヘル監督と対立すると、練習場への立ち入りを禁止されてしまう。この時期に、ミスリンタート氏のBVBを去る決心は固まったのだそうだ。トゥヘルがクラブを去っても、その考えは変わらなかったという。
そこでアーセナルからのオファーは、国外のクラブということもあってか、渡りに船だったと言えるのかもしれない。11月20日の数週間前、ミスリンタート氏はロンドンの名門クラブからのオファーを受ける意思をミヒャエル・ツォルクSDに申し出た。
ハンス・ヨアヒム・ヴァツケ社長も、申し入れを許諾。三者の間には信頼関係があったからこそ、ここに“ダイヤモンド・アイ”は、ドルトムントを離れることとなった。
それは、1つの時代の終わりを意味する。もちろん後任者はいる。今後はマークス・ピラヴァ氏を筆頭にスカウティング・チームは再編されるとのことだ。同氏は今年の1月以来、昇進してプロ・フットボール部門を統括するようになったミスリンタート氏の後を継いで、チーフ・スカウトを務めてきた。
だが、業務上の引き継ぎを行うことはできたとしても、近年のBVBの躍進を支えた“慧眼”の持つ経験則や直観といった、選手の本質を見極める力を、そのまま他者が受け継ぐことはできるのだろうか。
それが難しいからこそ、アーセナルは移籍金を提示してまで、ミスリンタート氏を欲しがったのだろう。これから先、ドルトムントで第二、第三の「カガワ」が躍動する日が訪れる可能性は低そうだ。
BVBは“心臓”を失った。その鼓動は、この10年間、ドルトムントをドルトムントたらしめてきた。
血脈は、途絶えてしまう。
(取材・文:本田千尋【ドルトムント】)
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