完璧なのに完成されていない
子供時分は神童ではなく、体格にも恵まれていなかったが、やがて頭角を表し長じて大成するタイプもいる。スーパースターにも意外とこのタイプが多い。ペレ、ヨハン・クライフ、ジーコなど、少年時代はひょろひょろで貧弱な体格だった後のスターはけっこういる。ミッシェル・プラティニは肺活量のテストに不合格でプロテストに落ちた。
かつてはボランチもやったというケインは現在のケインではなかったに違いない。体格にもスピードにも恵まなかった。ただ、おそらくその時期に現在の基礎を築いたのだ。それは現在の繊細なボールタッチに表れている。
ケインは異常なぐらいボールの収まりがいいFWだが、決して体格任せではなく、敵と自分とボールの関係を的確に保つ。ボールの隠し方が上手いのだ。至近距離でマークしているDFにとって予想外のタイミングでパスを捌くのも得意。ワンタッチパスの感覚が並のFWとは違っていて、ダイレクトの当て方が柔らかく、ダイレクトで蹴っているのに一瞬足に吸い付いているように見える。
少年時代に体が小さかった選手は技術を磨く。そして周囲の状況に敏感だ。そうでないと生き残れないから。多くの情報をインプットする。続けるうちに演算能力が上がり、いつしか反射的に最善の選択をすることも可能になっていく。自分で自分のプレーに驚くようになる。やがてフィジカルが追いついてくると、生き残り戦略として培われた演算能力がモノをいう。
ケインは長身FWだが、プレーの感覚が大きな選手のそれとは違う。簡単にいえば器用なのだ。ロングボールの軌道を読み、DFのミスジャッジを見切る。DFがボールに被ってもケインは釣られない。
常にゴールを狙っているが、必要な瞬間にはちゃんとパスしている。スピード抜群とはいえないもののそれなりに速い。サイドに流れてのドリブルもできる。ポジショニングが的確でボールタッチが秀逸なのでコンビネーションにも入っていける。空中戦も身長のわりには強くなかったが、それも大きく進歩した。
イングランド代表のデビュー戦、わずか79秒で初ゴールを記録し、今ではキャプテンを務めている。メンタルが安定していてプレーの波も少ない。守備も全くさぼらない。欠点のない何でもできるFWなのだが、ケインの恐さはまだ伸びていきそうなところにある。ほぼ完璧なのに完成している気がしない。努力できる才能は常に何かを生み出していくからだ。
(文:西部謙司)
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