経験で理解した本質。大人への変貌
ところが、岡田武史監督からはその後1回チャンスを与えられただけで2010年南アフリカワールドカップには行けなかった。アルベルト・ザッケローニ監督時代も最終予選から2013年コンフェデレーションズカップ(ブラジル)まではたびたび招集されながらブラジル本大会に手が届かなかった。この頃、代表での左サイド起用に苦悩していた盟友・香川が「乾の方が左サイドとしていい形を持ってる」と評するほど、スピードあるドリブルは傑出していた。それでも2度続けて世界舞台に行けなかったのは、自身の代表に対する向き合い方に多少なりとも問題があったと本人は感じている様子だ。
「やっぱりワールドカップは出てみたいところだし、それは変わらない。だけど、若い頃は『アピールしないと』とか、『監督の言ってることをやらないと入れない』とか、そういうことを今より考えていた。それで力んだり、空回りした部分があったと思います」と乾は未熟だった自身を述懐する。
その後、フランクフルトからエイバルに赴き、バイエルン・ミュンヘンやレアル・マドリードやバルセロナといった世界トップクラブと対峙する中で、「強い相手には個の力だけでは勝てない」と痛感させられた。その厳しい現実を目の当たりにして、代表に取り組む意識も確実に変わったという。
「『自分の力の限界』って言ったらダメかもしれないけど、個人でやるところの限界は感じているので、個人よりチームでどう崩すか、どう守るかの方が大事になってくる。そこを高めていくことが重要ですね。それに今はワールドカップに入るためにどうするかとかは考えてない。『選ばれた時に頑張ろう』『入った以上はチームをどうやったらレベルアップさせられるのか』と考えているので、自分が入る入らないはそんなに気にしてないですね」と乾は自分のエゴを捨てて、日本のために、チームのためにという思いを第一にするようになったことを明かす。
確かに、今年6月のシリア(東京)・イラク(テヘラン)2連戦で2年3カ月ぶりにザックジャパンに再招集された時、乾からは肩の力が抜け、言動にも余裕が感じられるようになった。年下の井手口陽介(G大阪)らに対しても「むしろ自分の方が引っ張っていってもらっている」とリスペクトの念を口にしていて、チーム全体を盛り上げようという気持ちも随所に見て取れる。29歳になった乾貴士は今の代表では川島永嗣(メス)、長友、槙野に続く上から4番目の年長者。キャリアを重ねて広い視野でサッカーを見渡せる大人のフットボーラーへと変貌したのは間違いない。