サッカーを職業に異国で生活という人生経験
どの国に良いエージェントがいる、どのリーグの運営がきちんとしている、といった情報は、いったんこの『東南アジア・サッカー・サーキット』に入るとまわってくるようになると彼らは言う。
そこで得た情報をもとに、自分でエージェントを探して次の道を探っていく。契約を破られるような理不尽なことがあっても、必要以上に気持ちを乱すことなく冷静に解決策をたどっていく。
「しょうがないことはしょうがない。それにまどわされていても無駄。ときに最悪だ、と思うこともあるけれど、それはそれで受け止めてやるしかない(笑)」と皆どこまでも前向きだ。
彼らは本当に楽しそうだ。『仕事』であるサッカーにはあくまで真剣に向き合う。試合の後も、内容について熱く意見を戦わせていた。しかしそこにプラスして、異国での生活というアドベンチャーも味わっている。
ただ、それは誰にでもできることではない。日本のラーメン屋さんにカレー屋、トンカツ屋もあるフィリピンのマニラは、食生活には困らないし、日本人には暮らしやすいところかもしれないが、治安の問題や、日々の暮らしで対面する不便さは日本の比ではない。
上里選手は、一人で歩いているとき暴漢に後ろからネックレスを毟り取られる怖い経験もしているし、下野さんは、ミャンマーとモルディブでは給料未払いにあい、いまだ交渉中だという。
それでも、何があっても「郷に入れば郷に従え」と乗り切れる精神的タフさと柔軟さがあるから、彼らはこうして満喫することができている。その生活で得たユニークな体験は、現役を終えた後の人生にも大きく役立つだろう。
フィリピンは、日本からは4時間程のフライトで時差も1時間と、距離感も魅力的だ。PFLになってからは、外国人選手は、自国でプロリーグ経験がある(FIFAランク1?50位までの国は1、2部、50位以下の国は1部のみ)か、U-23以上の代表経験があることが条件となるからハードルは上がってしまったが、サッカーを職業に異国で生活という人生経験は、サッカー選手にとって、ひとつの魅惑的なモデルであるような気がした。
(取材・文:小川由紀子)
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