「谷間の世代」というありがたくない称号
今月に入って石川直宏(FC東京)が今シーズン限りの引退を表明。その傍らで、松井大輔がポーランド2部・オドラオポーレへ移籍と欧州再挑戦に踏み切った。2人はご存じの通り、1981年生まれの同級生である。
阿部勇樹(浦和)、駒野友一(福岡)、佐藤寿人(名古屋/82年の早生まれ)のようにJリーグの舞台でコンスタントに戦っている者がいる一方で、鈴木啓太(元浦和)、高松大樹(元大分=現大分市議会議員)のようにピッチを離れた者もいて、81年組の生きざまは実にさまざまだ。
彼らは10代の頃から「谷間の世代」というありがたくない称号を与えられてきた。小野伸二、稲本潤一(ともに札幌)、高原直泰(沖縄SV)、小笠原満男(鹿島)、遠藤保仁(G大阪)ら79年生まれの「黄金世代」が、99年ワールドユース(ナイジェリア開催。現U-20W杯)で準優勝した後に続く世代ということもあって、もともと風当たりが強かったのだ。
この呼び名が決定的になったのが、2001年ワールドユース(アルゼンチン)だった。同大会でグループステージを突破できず、しかも序盤2戦で敗退が決まるという不甲斐ない戦い方をしたことで、彼らはより冷たい視線を浴びることになった。次の2003年UAE大会で今野泰幸(G大阪)、川島永嗣(メス)らを軸に据えるチームが8強入りしたことで、彼らの立場は一段と厳しくなったのである。
加えて言うと、82年生まれの大久保嘉人(FC東京)や田中達也(新潟)らを含めたアテネ五輪代表の成績も、芳しいものではなかった。山本昌邦監督(現解説者)が2002年に同代表チームの指揮を執り始めた頃、当時のJリーグ最強軍団・ジュビロ磐田との練習試合で0-7の惨敗を喫したのが、1つの象徴的な出来事だった。
この試合のスタメンには茂庭照幸(C大阪)、駒野、石川、鈴木、阿部、松井、田中達也とそうそうたる面々が揃っていたにもかかわらず、まるで歯が立たなかった。彼らは実力不足を嫌というほど突き付けられたのだ。