引退発表は悲しみに充ちた報告ではなく、前進しようという意思の表れ
ただ、ピッチに立つ姿を観るのはそう遠い日のことでもないように思える。チームがドイツ遠征をしていた7月18日に小平を訪れると、負傷から個人練習への復帰を果たしたばかりの大久保嘉人とともに、石川は芝生の上を力強く走っていた。そこから一転して引退発表をした8月2日は室内でのメニューが大半になっていたのも、復帰への過程に於けるやむをえない現象であるらしい。
石川は記者会見の席上でこう述べていた。
「いまはかなりペースも上がってきていて、もう少ししたら(全体)練習への合流もできるんじゃないかというところまで来ていたんですが、動けるようになってきているからこそ、膝ではなく、先週また古傷のふくらはぎを傷め、張ってしまった状態。メニューをコントロールしながら復帰をめざしているところです」
そして同時に、ろうそくの喩えではないが、燃やし尽くして現役生活を終えようという決心も揺るがないところが、またナオらしい。
「からだというか頭は正直で、今朝、夢を見たんですけど。やはりこういったかたちで引退を伝えたあとに、どこかでプレーしているシーンだったんですよ。めちゃめちゃ動けて。
引退撤回しようかなと思っている自分がそこにいて――という感じで朝、目を醒ましたんですけど。(起きてみて)たぶん、それはないな、と(笑)。出し尽くして。まあ、(撤回は)ないと信じます。逆に、やりきりたいので」
度重なるけがに苦しめられながら現役最後の瞬間を迎えようとしている石川に、暗い表情はない。引退発表も、残りわずかとなったかぎられた時間に自分の持てる力のすべてを発揮し、チームに少しでも貢献しようと思うがゆえだ。
8月2日の引退表明は悲しみに充ちた報告ではない。西が丘でクラブユース日本一を勝ち取ったFC東京U-18の戦う姿勢に等しく、前進しようという意思のあらわれだった。
(取材・文:後藤勝)
【了】