忘れられない15年前の日韓W杯。韓国戦は「もう一度やり直したい」
ーーモリエンテスさんの元チームメイトだったジネディーヌ・ジダン監督はレアル・マドリーで輝かしい結果を残しています。彼が成功できた理由も選手時代の経験があったからこそ、ということになるのでしょうか。
やはりジダンも選手だったので、このスポーツを熟知しています。選手をどのように扱ったらいいかをよくわかっている。レアル・マドリーにはスター選手が揃っているので、彼らをうまくマネージメントするのはものすごく難しいことです。ジダンは選手だったからこそ、それができるんだと思います。そして素晴らしいチームがあるので、それもジダンの成功を手助けしていると思います。
ーー最後にどうしても聞きたいことがあります。僕も含めて、我々日本人のファンはモリエンテスさんといえば2002年の日韓W杯でのあの試合のことを思い出します。2つのゴールが取り消されて、韓国に敗れて、涙を流されていた姿が印象的でした。当時のことを改めて振り返って、率直な気持ちを聞かせてください。
喜んではいませんでしたよね(笑)。やはりあの時は悔しい思いをしました。W杯というとても重要な舞台だったので、それまでものすごい努力をしてきました。もし自分のせいでうまくいかなかったのならいいですが、あの試合では第三者の審判も試合の大きな部分を占めたと思っています。そういった意味で本当に悔しかったので、試合が終わって涙が流れたんだと思います。ただ時間が癒してくれました。
ーーあの試合をやり直せるとしたら、もう一度やりたいですか?
審判を代えてくれるなら、もう一度やり直したいですね(苦笑)
ーー僕もホアキンのセンタリングからのモリエンテスさんのゴールをもう一度見たいです。あのゴールは審判に取り消されるべきものではなかったと思いますか?
もしあのゴールが決まっていたら、自分のサッカー人生の中で最も重要なゴールになっていたでしょう。自分のゴールによってW杯の次のステージに進めるということは、大きな意味のあることですからね。それだけの大きな意味を持つ1点だったと思います。
ーーあの韓国戦は一生忘れない試合ですね。
そうですね。生涯忘れないと思います。
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フェルナンド・モリエンテス
1976年4月5日、スペイン・エストレマドゥーラ州カセレス生まれ。アルバセテの下部組織で育ち、1993年にトップチームデビューを果たす。その後はサラゴサやレアル・マドリー、モナコ、リバプール、バレンシア、マルセイユでプレーして2010年に一度現役引退。その後、2015年に息子が所属していた地域リーグ(6部相当)のDAVサンタ・アナで現役に復帰し、3試合に出場してそのシーズン限りで再度引退した。レアル・マドリー時代にはチャンピオンズリーグ優勝3回、リーグ優勝2回をはじめとする数々のタイトル獲得に貢献。1998年にデビューを果たしたスペイン代表ではW杯に2度出場し、通算47試合出場27得点を記録している。指導者としては2012年から2015年にかけて古巣レアル・マドリーの下部組織を率いた経験があり、2015年夏から2016年2月までセグンダB(3部)のCFフエンラブラダの監督も務めた。現在はテレビ解説者として活動する傍ら、ラ・リーガのアンバサダーとしてスペインサッカーの普及活動にも積極的に参加している。
(取材・文:舩木渉)
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