ひとつの出会いで大きく変わるサッカー人生
翻って、今シーズンはサンフレッチェ広島との第2節から、右サイドバックとして17試合に先発。順風満帆な軌跡を刻んできた過程で、歴史に自身の名を残す、千載一遇のチャンスに遭遇する。
4月21日に敵地・等々力陸上競技場で行われた川崎フロンターレとの第8節。この試合で先制点をあげた選手が、記念すべきJ1通算20,000ゴーラーとなる可能性が極めて高かった。
迎えた前半14分。相手のパスをインターセプトした鎌田が右サイドに開いたFW鄭大世へボールを預け、ニアサイドへ猛然とダッシュしていく。そして、鄭から絶妙のグランダーのクロスが送られてくる。
ボールはスライディングした鎌田が伸ばした足の、ほんの数センチ先を通り過ぎていく。もっとも、鎌田に引きつけられてしまったのか。ファーサイドに詰めていた金子には、誰もマークがついていなかった。
「もう本当にもうちょっとでしたね。でも、僕がボールに触らなかったことによって金子のゴールが生まれたので。いまはガンバ戦でゴールできたので、よしとします。もっとも、フロンターレ戦のときはもっていないというか、僕らしいなとさすがに思いましたけどね。
今シーズンはちょっと出させてもらっていますけど、レギュラーに定着したとは思っていない。毎日が競争だと思っているし、常にその意識だけは忘れずにこれからもやっていかないと。僕自身、少しずつですけどよくなっているので、上位に食い込めるように、チームの力になれるように頑張りたい」
おそらくは昨年の大けがも、ヒーローになりそこねた4月のフロンターレ戦も、もっとさかのぼればファジアーノでプレーした2014シーズンも、すべて曹監督はチェックしていたはずだ。
セレッソのトップ下として新たな可能性を開花させた山村和也と、開幕前のキャンプで山村の潜在能力を見抜いたユン・ジョンファン新監督の関係に象徴されるように、サッカー人生はひとつの出会いによって大きく変わることが少なくない。
曹監督と出会ってから実に13年目。そして、サイドバック転向から10年。所属チームは違っても当時からまったく変わらない、海よりも深い愛情を『LINE』の短いメッセージ越しに感じながら、28歳になった鎌田は通算4つの目のチームとなるエスパルスで充実したシーズンを送っていく。
(取材・文:藤江直人)
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