スカウティングではなく、選手たちの判断でプレー
手にしてきた“蓄積” > 付け焼刃の“対策”
Honda FCのサッカーへの取り組みは、このように表すことができる。
敗者が何を言っても無駄なのかもしれないが、勝敗以上の価値をHonda FCは提示する。彼らは、自分たちの持っているもの出し切ろうとした。
「いつも見ている中では、今日は60%~70%のボールの動かしだった」と井幡博康監督は振り返る。全ては発揮させてもらえないのがJ1クラブとの真剣勝負なのか。一方で、100%だったらどれだけ美しいゲームを見せてくれたのか、と想像せずにはいられない。いずれにしても、ゴールへの道筋がはっきり見えるような攻撃を何度も披露した。
出し手は寸分違わぬ精度でパスを付けられる。正しいタイミングで動くからこそ、受け手はわずか数メートルの移動だけでマークを剥がすことができる。相手バイタルエリアでの落ち着き払ったパスワークで守備網を楽々と打開。磐田の喉元にナイフを突きつけた。
ボールを大事にするという確固たる考えが前提としてあり、それらを一人ひとりが実践する。集団としての機能性と各々の遊び心が高い次元で融合し、リズミカルなボールゲームへと昇華しているのだろう。
さらに、小気味よくパスを繋ぐ中、大きな展開から相手のサイドをしばしば蹂躙している。磐田をスカウティングした中で導き出したものなのか? 試合後に尋ねると、井幡監督はそれを否定した。
「いえ、普段のトレーニングでもそうですが、攻撃の決まり事というところは彼らのアイディアによるものです。(ピッチの中で)見たものをしっかり判断するというところ。こちらの指示ではなく、プレーしている選手たちの判断でした。そこは攻撃のパターン化ではなく、相手をしっかりと見た中のボールの動かしを常にやっているので、あれはいい判断でした」
技巧派集団の中でも群を抜くクオリティを持つ栗本にも聞いてみたが、やはり答えは同じだった。
「ボールを保持しながら見ていたらサイドバックの選手が結構、中に絞るというのは感じていました。そこから行けるかな、と思ってそのスペースを使っていきました」
スカウティングを重ね、相手を丸裸にしたわけではなかった。Honda FCが目指したのはあくまで、積み重ねてきたものがどこまで通用するか、だった。
戦前、井幡監督は「それしかやっていないので、それしかできないんです」と言って豪快に笑っていたが、ここまで突き詰めれば、相手とのカテゴリーの差など全く関係ないことを証明してみせた。
チームにはそれだけの自信と自負があり、アイデンティティとも呼べるスタイルをぶつけることで存在価値を示そうとしていた。その強烈な自己表現は、間違いなくJ1クラブを圧倒した。
後半終盤以降、磐田は川又堅碁、アダイウトン、川辺駿を次々と投入している。直近の明治安田生命J1リーグでガンバ大阪、浦和レッズという強豪からの2連勝を成し遂げた“主力”が、血眼になってゴールを目指した。しかし、120分間の激闘でもHonda FCの息の根を止めることはできなかった。