奇跡を起こすための「信じ方」
訳しながら会見での言葉の真意を知っていくほか、順序が逆のときもあった。
「ただ、とても困難なだけなのに、なぜ不可能と言い切れるのか私には分からない。困難の中にも可能性があることを認めるべきなのだ。難しいように思えるからやめるべきという助言を、私は信じない」
『信念』の中にあるこの言葉は、降格危機にあったラシン・クルブで、監督としての挑戦をスタートさせたときを思い返しながら述べられている。訳した瞬間から、この本の核になる言葉と直感した。
その言葉を訳したのは、2016/17シーズンのチャンピオンズリーグ準決勝ファーストレグ、レアル・マドリー対アトレティコの直前だった。アトレティコはサンティアゴ・ベルナベウを舞台としたその試合を0-3で落としたが、シメオネは試合終了後に出席した会見で「私はまだ可能性があると考えている。どんなに厳しくとも、どんなに困難なことでも可能性は存在し続けている。最後まで戦い続けるよ」とほぼ同じことを述べた。
セカンドレグの前日会見でも「多くの人間にとっては不可能だろうが、私たちにとっては違う」と、彼は逆転だけを見据えていた。
そうして迎えたカルデロンでのセカンドレグ、アトレティコは序盤にサウール、グリーズマンがゴールを記録して2-0とし、奇跡の逆転劇を予感させた。が、イスコにアウェイゴールを決められ、結局追いつくことはかなわなかった。
だがしかし、シメオネは、シメオネが率いるチームは、彼らの奇跡を見続けてきたファンは、失点後も決してあきらめることがなかった。試合終了後、ファンは「この選手たちは誇り」、そして「オレ! オレ! オレ! チョロ・シメオネ!」を何度も、何度も叫んでいた。僕にしてみれば、その光景こそが奇跡のように思えた。
アトレティコは今季限りで、ここカルデロンに別れを告げた。来季よりワンダ・メトロポリターノを本拠地とするが、約7万人を収容できるその新スタジアムでも「オレ! オレ! オレ! チョロ・シメオネ!」は響き渡り、シメオネはそれに両手を上げて応じているはず。
会見ではまた心に突き刺さる言葉が生まれているはずだ。シメオネは『信念』の冒頭で「自らの力で奇跡を起こせると信じるすべての人たちへ」本を捧げているが、まるで彼らの関係性に象徴されるような「信じ方」の手引きのような本だと感じている。
(取材・文:江間慎一郎【スペイン】)
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