W杯出場へ王手をかけられる大一番へ
乾にとって幸いだったのが、熱烈なラブコールを送られ、クラブ史上で初めて移籍金を支払って獲得してくれたエイバルがスペインでも珍しいと言われるほど、アットホーム的な雰囲気をもっていた点だ。
エイバルは2014‐15シーズンから、クラブ創設74年目にして初めて1部で戦っている。バスク州ギプスコア県の西部に位置する、周囲を山に囲まれた人口わずか2万7000人の小さな町を本拠地とするエイバルに脈打つ、クラブに関わるすべての人々の“絆の強さ”は乾からストレスを取り除いてくれた。
2年目を迎えて、ホセ・ルイス・メンディリバル監督が掲げる戦い方にも慣れた。特に守備の部分における戦術理解度が高まり、攻撃の部分でも自分の特徴を出せる好循環が生まれる。
2列目の左サイドで確固たる居場所を築いた昨シーズン。26回の先発を含めて28試合に出場し、プレー時間も2126分間を数えた過程で、心のなかに「楽しさ」が蘇ってきた。バルセロナとの最終節で決めた、敵地カンプ・ノウを沈黙させた2ゴールはその象徴といっていい。
「慌てないというか、バタバタしなくなった点で、余裕が出てきているのかなとは思います。ゲームを落ち着かせるところやコンビネーションも自分の特徴だと思っているし、そういうところは自分から出していかないと成長にもつながらない。そういう点は、特にスペインに行ってから強く思っています」
シリア戦ではアディショナルタイムを含めた40分近くを、楽しむことができた。ただ、心の底からだったかと問われれば、首を横に振る。楽しむだけなら、サッカー小僧と変わらない。
楽しんだ結果としてベストのパフォーマンスを演じて、なおかつ勝利する。シリア戦では画竜点睛を欠いてしまったからこそ、乾は表情を引き締めることを忘れなかった。
「勝ちにつながらなかったのは反省点。楽しくやるなかで結果を出さないと意味がないので。ただ、親善試合ということで、結果にこだわりながらもここで反省できることが一番いいこと。次のイラク戦が一番大事なので、みんなで一番いい結果を出せれば」
右足首にはアイシングが施されていた。バルセロナ戦で2点目を決めて、着地した際に捻った個所だ。痛みは帰国後も残り、万が一の場合に備えてFW宇佐美貴史(アウグスブルク)が追加招集された。しかし、シリア戦で見せたプレーですべての不安を吹き飛ばし、期待に変えてみせた。
一夜明けた8日、イラク代表戦が行われるイランの首都テヘランに向かった代表メンバーのなかに、香川と宇佐美は含まれていなかった。勝てば6大会連続のワールドカップ出場へ王手をかけられる大一番へ。個の力で局面を打開する「ジョーカー枠」をも勝ち取った乾は、静かに牙を研ぎながら出陣のときを待つ。
(取材・文:藤江直人)
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