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Jリーグ 7年前

【YOUはどうしてJリーグに?:特別編】元鳥栖MFキム・ミヌが過ごしたJリーグでの7年間。W杯への思い、別れの手紙の真相

シリーズ:YOUはどうしてJリーグに? text by 舩木渉 photo by Getty Images, Wataru Funaki

「最後のスピーチ」の裏側。7年間で実感した成長

キム・ミヌ
今季はプロキャリア8年目で初めてのKリーグ挑戦。水原三星の一員として戦っている【写真:Getty Images】

ーー実は今日、一番聞きたかったのが「最後のスピーチ」のことなんです。あのスピーチはサガン鳥栖サポーターでなくとも涙を流すくらい感動的な文章でした。もちろん僕も泣きました。あれはミヌ選手が全て考えたものなんですか?

 スピーチの内容は僕が全部考えました。ただアイディアは周りの人からもらって、手紙にしたんです。退団が決まって、金正訓さん(キム・チョンフン=現鳥栖コーチ兼通訳)に「本当に素晴らしいスピーチをしなければいけない」と言われて、「そうなんだ」と思いながら何にしようかと考えていたんです。

 その後、たまたまチョンフンさんの家でご飯を食べていたら、チョンフンさんの奥さんが「手紙を書いたら?」とアイディアを出してくれて。僕はそれを聞いて「いいアイディアだな」と思いました。僕は漢字もあって日本語を書くのはなかなか難しいので、手紙の内容を全部考えて、まず韓国語で書いて、それをチョンフンさんに渡して、日本語に訳してもらって、それを僕がまたひらがなで全部書き直して、ホームで最後の試合の後に読みました。アイディアが出てからスピーチまで1週間くらいだったと思います。

ーー手紙の内容を考えている時、7年間で経験した苦しかったこと、嬉しかったこと…いろいろなことを思い出したんじゃないですか?

 頭の中で1年目のときから去年までの思い出がずっと動画を見るみたいな感じで流れてきました。ただ手が痛くて(笑)。僕たちは文字を書くことがほとんどないじゃないですか。あれだけ長い文章を書いたのは久しぶりで、腕が痛かったです(笑)

ーー改めて日本での7年間を振り返って、どんなところが成長したと感じていますか?

 若い時には病気もあって、気持ちが強くなったと思います。サッカーをする時にチームメイトを使うのが上手くなったという話は周りから聞いたことがあります。よく考えたらそうかなと思いますね。若手の頃は1人で仕掛けるのが好きだったし、そういう選手でしたけど、いまは周りの人と上手く連携しながら、一緒にサッカーできるようになりました。

ーー周りの選手を生かせるようになったことが最後の1年のキャプテン就任につながっているんでしょうか。

 最後はそうなりますかね。キャプテンを任されることになったのは本当に嬉しかったですが、背中には責任を感じました。キャプテンじゃない時は、もちろん周りの選手も見るんですけど、そこまで見なかった。いままでそういった責任を感じたことがなかったんですが、責任感を持てた1年だったんじゃないかと思います。立ち位置が人を変えるんですね。

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