「世界で最も価値がある」。ヴェンゲル監督も語るFAカップの重要性
所詮は個人のきわめてプライベートな感傷――それでけっこう。事実だ。しかしながら、以来、帰国してからの年月を経ても、その思いと衝撃は決してちっぽけな独りよがりではなかったことを、折に触れて確認することになる。
それは、70年代終盤を境に増え始めた、主にヨーロッパ大陸発・異邦のプレーヤーたちの口から例外なく発せられた「FAカップ決勝のピッチに立つことの、例えようもない誇りと感激」の肉声である。筆者とはとうてい比べ物にならない“キャリア”で、彼らは明らかに幼少の頃からFAカップ・ファイナルへの憧れを育んできたに違いなかった。
例えば、2001年の決勝を控えて、アーセナルのスウェーデン人、フレデリク・リュングベリは上気してこう述べている。「夢が叶った。子供の頃からTVで毎年欠かさず観てきた夢の舞台にプレーヤーとして立てる。最高の名誉だ」
時は流れて1998年初夏、晴れて「FAカップ決勝の現地実況解説」という望外の名誉をあずかり、試合前々日、ロンドン郊外の会場ホテルにて開かれたアーセナルの記者会見を体験したことも忘れられない。
アーセン・ヴェンゲルとはすでに知己の間柄だった。とはいっても、実際に言葉を交わしたのはたったの一度。それでも記者会見直前のホテル前庭でばったり出会ったとき、彼は笑顔で歩み寄って声をかけてくれ、遠路の旅への労いの言葉とともに、日ごろ顔を合わせる知人友人たちですら気にも留めなかった筆者のある“変化”を目ざとく指摘しながら、しばし歓談の暇を割いてくれている。改めて私事ながら「FAカップさまさま」である。
おそらくは、この“出会い”も少しは影響したのだろうか。記者会見において、ヴェンゲルはこう宣ったのだ。「わたしは果報者だ。フランスカップを獲り(モナコ)、日本の伝統ある天皇杯を獲り(グランパス)、そして今、世界で最も価値のあるFAカップを獲得する機会を与えられた。そのまぎれもない事実に心から感謝したい」