土壇場のアシスト。「優しめに出した」プレゼントパス
かたく握りしめた拳を勢いよく振り下ろす。喜びを爆発させるようなものではなかったが、渾身のガッツポーズだった。わずか1分前には失点のきっかけとなってしまった中村俊輔が、本領発揮とばかりにゴールを演出した。それは、『ただのアシスト』で片付けられるほど簡単なものではなかった。
鳥栖の先制CKに繋がる中村俊のボールロストを、名波監督は「疲れとともに判断が鈍くなった」と分析している。この日のヤマハスタジアムの気温は24度と夏日に迫るほどだった。今までより疲労が蓄積する状況だったと言えるだろう。
それでも、アダイウトンのゴールを導く一連の動作には、しなやかさとキレがあった。
PA内右に流れてきたボールに駆け寄ると、ワンタッチで縦に進む。追いすがる鳥栖選手がスライディングしたところで深く切り返し、左足裏を使ってボールをベストポジションに引き寄せる。そして、ルックアップした先にはマイナス気味に動いて相手から離れたアダイウトンが手ぐすねを引いて待っていた。「頭よりボレーの方がいいかなと思って、少し優しめに出した」というプレゼントパスで、同点弾をアシストして見せた。
ゴールライン付近での切り返しは中村俊輔の十八番の一つだろう。『左足が最大の武器』と対峙する相手もわかってはいるが、右足でクロスを上げられる場面を想定すれば自由にやらせるわけにもいかない。
10番には疲れがあった。にもかかわらず、あの時間帯、あの場面で当たり前のようにディフェンダーの逆を鋭く突いた。体は外に大きく流れることなくピタリと止まり、残したボールを撫でるように最適なところに置き直し、中央で待つフリーの選手に『右足で合わせろ』というメッセージ付きのパスを送る。チームに勝利をもたらすべく繰り出した一切無駄のないプレーであり、確実にネットを揺らすための最善のプレーだった。
過去2試合でタッチラインを背にし、自身のボールタッチの減少も感じ取っていた。しかし、だからこそ『自分が持った時のプレー』に対する集中力はより研ぎ澄まされたのではないか。蓄積した疲労などチャンスの場面では関係なく、その瞬間に全神経を集中させ、一気に解き放った。
90分間ボールに関与できるわけではない。しかし、決定機の創出は彼に託された大きな役割である。
『相手を仕留める何か』
中村俊輔が模索し実践したプレーは土壇場で結実し、逆転勝利という劇的なフィナーレへと繋がった。
(取材・文:青木務)