交代カードの1枚目として投入された高卒ルーキー
緊張感漂う状況で、高卒ルーキーを交代カードの1枚目として、しかもFWペドロ・ジュニオールに代えてデビューさせる。アントラーズの石井正忠監督は、流れを変えるジョーカーの仕事を託していた。
「彼は非常に動き出しがいいし、個人で仕掛けられるので、その点を期待して入れました」
そして、ピッチに足を踏み入れてから1分とたたないうちに、ファーストタッチで指揮官の期待に応えてみせる。左サイドを駆けあがってきたDF山本脩斗が、グラウンダーのパスを送った直後だった。
ペナルティーエリア内でボールを受ける体勢を取った安部が、二歩、三歩とバックステップを踏む。反転してシュートを打つのではと、マークについた大宮キャプテンのDF菊地光将は思ったはずだ。
次の瞬間、安部は柔らかいタッチでボールを落とす。あうんの呼吸で走り込んできたのは土居。不意を突かれ、慌ててターンした菊地はバランスを崩して、その場に倒れ込んでしまう。
「自分でシュートを打とうか迷ったんですけど。でもあのプレーは間違っていなかったと思うし、ファーストプレーがああいう形になって、メンタル的に入りやすかった。よし、次だ、となりましたから」
ダイレクトで右足を合わせた土居の一撃は、GK塩田仁史が何とか伸ばした右足に弾かれる。そして、安部本人をして「次だ」と発奮させたプレーで、決勝点を導く泥臭い仕事をやってのけた。
土居が決勝点をあげた直後も、4連勝で首位のヴィッセル神戸に勝ち点と得失点差で並び、総得点でわずか1及ばない2位に肉迫しても、右足のつま先でコースを変えたプレーは周囲から何も言われない。
「あれ、よく見ないと、多分わからないんじゃないですか。本当にちょっとしか触っていないので」
だからこそ、試合後の取材エリアでその点を聞かれた直後には初々しい笑顔を弾けさせた。ただ、肝が座っていることは、発するコメントの内容からもひしひしと伝わってくる。出番を告げられてピッチに入るまで、武者震いの類はいっさい感じなかったという。
「自分、緊張とか全然しないタイプなので。人生で一度もしたことがないですね」