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鳥栖加入の日伊ハーフGKファンティーニ燦。イタリア育ちの18歳守護神が描く将来像【インタビュー】

2017年4月3日、サガン鳥栖はイタリア・セリエB(2部)のチェゼーナから18歳のGKファンティーニ燦(あきら)の加入を発表した。イタリア人の父親と日本人の母親を持つ東京五輪世代の守護神は、どんなプレースタイルで、どんな人物なのか。チェゼーナ時代の今年2月に収録した独占インタビューをお届けする。(取材・文:舩木渉【チェゼーナ】)

text by 舩木渉 photo by Getty Images, Wataru Funaki

ブッフォンに憧れてGKに。イタリア生活を支えたのは家族

ジャンルイジ・ブッフォン
ファンティーニ燦は06年W杯のジャンルイジ・ブッフォンに憧れてGKを始めた【写真:Getty Images】

――今年はチェゼーナU-19でプレーしながらトップチームに招集されて第3GKを務めることもあります。現在(2017年2月15日現在)チーム内ではどんな立ち位置にいるのでしょうか。

 もう1人GKがいるので第4GKというときもあるのですが、時々トップチームに行かせてもらっています。今年はトップチームの大人たちとサッカーができるようなメンタルの作り方を重視しています。テクニックとかも重要なんですけど、GKとして一番重要なのはメンタルだと考えています。ベテランGKたちのチームのディフェンスとのコミュニケーションを見たりしていると、自分とは違うなと感じることはありますし、そこで色々なことを教えてもらったりするので、すごくいい経験になっています。

――チェゼーナには元ミランのミカエル・アガッツィをはじめ、経験豊富なベテランのGKがいます。彼らと練習して、特に印象に残っていることはありますか?

 あるときアガッツィが紅白戦をしていて、彼は特に若い選手に気合いを入れるように大声で指導していました。他のベテランの選手と違って若手だけに特別な声をかけているような感じがして、それはすごく驚きました。コミュニケーション能力が違いましたね。

――中学生の頃からチェゼーナでプレーしていますが、いつからGKを始めたのでしょうか。

 GKを始めたのは小学3年生の時です。最初はFWをやっていたのですが、ブッフォンの試合を見てGKに興味を持ちました。7歳、8歳くらいの頃にW杯で見たブッフォンです。すごくいい思い出です。直接会ったことはないですけど、友達経由でサインはもらいました。

――ブッフォンに憧れてGKを始めて、彼の母国でもあるイタリアにやってきたということですね。

 親が中国で出会って、結婚して、中国に住むようになって、幼稚園も小学校も中国で通っていました。その後、小学校から中学校に上がるタイミングで直接イタリアに来たので、日本の学校には通ったことがないんです。いまは通信制の日本の高校とイタリアの高校の両方に通っています。

――イタリアでプレーしているとシーズンオフの短い期間しか一緒にいられませんが、ファンティーニ選手にとって家族はどんな存在ですか?

 イタリアに来てから最初の1年、2年はすごく支えてくれました。3年目くらいまでは一緒に住んでいたおじいちゃんとおばあちゃんが第2の親みたいになってくれていました。いまはお父さんの弟の家族と一緒にアパートを借りて住んでいます。

 こっちが夜のときは日本が朝なので、お母さんとは毎日テレビ電話をしていいます。イタリア人のお父さんは早起きが苦手なので、ときどきLINEしています。お父さんとはイタリア語で話していて、お母さんと兄妹とは日本語です。弟が3人、妹が1人います。

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