喜んで署名をしてくれた鹿島のブラジル人選手たち
あと、その年のトヨタカップ(レアル・マドリー対ヴァスコ・ダ・ガマ)で署名活動をしていたら、バックスタンドでアントラーズの選手やスタッフが観戦していたんですね。最初、ビスマルクに気がついて、よく見たらジョルジーニョもいるし、フィジコの里内(猛)さんもいるし。
事情を説明したら、選手の家族までもが喜んで署名してくれました。アントラーズのブラジル人選手は、ウチのジーニョやサンパイオなんかと仲が良かったし、名勝負を繰り広げてきたこともあったので、いろいろ励ましの言葉もいただきました。
そうやって集めた署名は、37万人くらいの段階でいったん段ボール箱に詰めてJリーグに運んでいった記憶がありますね。最終的には62万人分くらい集まりましたかね。
それでも12月くらいになると、川淵さんが言うような「何かが変わるかもしれない」というのは、厳しいんじゃないかと思うようになっていました。それでも「何か協力したい」と思うファンの中には、署名活動をするしかチームに貢献できないという人も結構いて、言葉は悪いけど「エネルギーの発散」みたいになっていたところはあったと思います。
(天皇杯が始まってからは)「絶対に負けない」って信じていました。根拠ですか? そんなのないですよ(笑)。そう思いたいから、信じていたんでしょうね。
その頃、私は「サポーター代表」として、よくTVのインタビューを受けることがあったんですけど「今日、負けたらどうするんですか?」とか聞いてくるんですよ。こいつ、失礼だなって思って(怒)。
でも、無理もないと思います。準々決勝がジュビロで、準決勝がアントラーズ。この年のファーストステージとセカンドステージの優勝チームでしたから。
【次ページ】「負けたら解散」という状況で挑んだ天皇杯