地域密着ではなく大企業の面子
サッカー界で前例のないGM兼監督でのスタートは、まさに「改革」にふさわしい。しかし、そこに見え隠れするのは地域密着ではなく、トヨタ自動車という大企業の面子を立てた企業スポーツそのものに他ならない。
そして、クラブ側も今年6月まで筆頭株主を努めてきたトヨタ自動車と、その呼びかけに応じた愛知県内の有力企業の後押しにもたらされる「ぬるま湯」に、どっぷりつかってきた好ましくない歴史がある。
2010シーズンに初優勝するまで「万年中位」と揶揄されてきたのも然り。2013シーズンのオフには闘莉王を除く最終ラインのレギュラー3人を含めた、5人の主力との契約を見送って波紋を呼んだ。
目的は人件費の抑制。株主に甘える形で放漫経営を続けてきたものの、Jリーグがクラブライセンス制度を導入したこととで、慌てて「泣いて馬謖を切る」人事に踏み切らざるをえなかった。
1999シーズンからグランパスのゴールマウスに仁王立つ。クラブの歴史とともに歩んできた楢崎は、自身にとっても初体験となる降格が決まった後に「僕の言葉を待っているのかもしれないけど、何も思いつかない」と絞り出した。
J1通算631試合は、他の選手の追随を許さない歴代最多。その約84パーセントとなる527試合で出場してきたグランパスから、できることならもう移籍はしたくない、という趣旨の言葉を残したことがある。
Jリーグの試合前に配布されるメンバー表には、出場記録や身長、体重のサイズともに「前所属チーム」が記される。楢崎の場合はマリノスに吸収・合併される形で、1999シーズン限りで消滅した横浜フリューゲルスとなる。
1999シーズンをフリューゲルスで戦った選手で、いまも現役を続けているのは楢崎を含めて4人だけ。しかし、そのなかで前所属チームがフリューゲルスとなるのは楢崎しかない。
つまり、楢崎がグランパスでプレーを続ける限り、いまも深い愛情を抱くフリューゲルスの名前も記される。Jリーグ史上で最大の悲劇を風化させたくない、という思いもそこには込められている。
「J2の舞台で、どこを一番強くしていくべきだと思うのでしょうか」
ベルマーレ戦後に来シーズンに対する考えを聞かれた守護神は、困惑した表情を浮かべながら質問を遮った。
「ちょっと待ってください、それは。ごめんなさい」
そのまま一度も振り返らず、クラブハウスへ戻るバスに乗り込んでいった背中に漂わせた哀しさを思い出すたびに考えてしまう。J1の舞台で、グランパスが再び雄叫びをあげる瞬間はいつになるのだろうか、と。
(取材・文:藤江直人)
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