選手・ファンに親しまれた人間性。最後まで弟子たちの成功を願う
イ監督は韓国では珍しく、選手とファン、両方から親しまれるほぼ唯一の監督だった。彼が白血病で倒れ、闘病の真っ最中であった7月、その弟子であったリオ五輪メンバーが彼を訪れ、快癒を願ったことがある。
そこで涙を流した選手がいたのも彼がどれだけ選手たちと距離感が近かったかを示している。ファンたちから人気があったのも、常に成績が良かったところ、28年ぶりに金メダルをもたらしたのもその理由であろうが、その人間性にも理由がある。
彼は最後まで“弟子”たちの成功を祈った。病状にいながらも「リオ五輪でいい成績を残してほしい」とエールを送ったのが記憶に新しい。明るく、発言もクールだった彼の死が正直まだ信じられない。
余談だが、筆者は彼との縁がある。サッカージャーナリストを目指していた高校生の頃だった。筆者の親は韓国で懐石料理屋を経営しており、イ監督も常連客の一人だった。しかも徒歩10分距離の、同じ町に住んでいることもあり、頻繁に来ていたことを覚えている。
何よりジェントルマンだった。当時筆者はサッカーに関しては初心者同然のしがない高校生だったが、サッカーに関する質問、戦術に関する質問などをすればいつも笑いながら答えてくれたのを覚えている。ジャーナリストになってから一度も会えなかったのが惜しくて悲しい。韓国最高の育成専門家の冥福を祈るのみだ。
(文:キム・ドンヒョン【城南】)
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