天才を追い詰めた過度の重圧。そしてめまいで不調に
それは、現在ストークシティでプレーしているボージャン・クルキッチだ。彼はユースレベルでメッシが打ち立てた記録をことごとく破っていった。下部組織で900ゴール以上を決めたボージャンは今でもバルサの伝説だ。
17歳でトップチームに引き上げられたボージャンは、まさに期待の新星だった。父親がセルビア人のためセルビアのA代表でもプレーできる可能性のあった彼を、一刻も早くスペインのA代表でデビューさせようとマスメディアも騒ぎ立て、当時のルイス・アラゴネス代表監督はフランスとの親善試合(08年2月)に初招集した。
ボージャンの代表デビューはこの試合の目玉の一つだった。試合前、会場でボージャンの父親にばったり会った。以前、仕事で知り合っていたので「息子さんの初招集、おめでとうございます」と声をかけた。
私はその時知らなかったのだ。ボージャンが体調不良を理由に試合のリストから外れることになったことを。それを知り、彼が「ああ、うん」と歯切れの悪い返事をした理由はわかったが、それにして、その時のやけに暗い表情が気になった。その謎が解けたのはそれから数年後だった。
メッシの記録を飛ぶ勢いで破っていった天才少年は、長い間めまいに悩まされていた。立ち上がれないほどの強烈なめまいは、日々薬を飲むことで抑えられていたが、それが重圧から来た精神性のものだったことをボージャン自身が明かしている。「全てをコントロールできていると思っていたが、そうではなかったんだ」と彼は語った。
現在26歳のボージャンは、代表を諦めなければならなかった当時の決断を後悔していないと話す。今はもうめまいに悩まされることもなく、ストーク・オン・トレントの空の下で汗を流している(編注:その後ボージャンは08年9月に代表デビューを果たすも、今のところこれが唯一の代表戦出場記録となっている)。
現在15歳の久保くんの才能に疑いの余地はない。彼は順調に成長し、プロとして活躍するだろう。だが、才能ある選手を早い時点から追いつめてはならない。温かく長い目で見守る環境ほど大切なものはない。
彼の選手人生はまだスタートラインにあり、人生には様々なことが起きうるのだ。だからこそ、バルサの下部組織の哲学は「選手形成」ではなく、倒れた時に起きあがるための「人間形成」にあるのだ。
(取材・文:山本美智子【バルセロナ】)
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