「良いプレーは賞賛する。そして、悪いプレーは率直に批判する」
その証拠に昨年のクリスマス前、そのキャリアを伊サッカー協会はじめ各種団体から表彰される中で、12月19日にウーゴはローマ法皇への謁見を許されている。この謁見は、法皇ご自身がウーゴとの面会を求められる形で実現したとも言われている。そして、深いサッカーへの愛情とユーモア、圧倒的な知識量とは別に、もうひとつ、このウーゴ・ルッソという実況に生きた男が皆に愛された理由がある。
それは、他でもない、「視聴者への敬意」とウーゴ本人が繰り返し言う誠実な姿勢である。もちろん、それはジャーナリストとして実に当たり前のことであるはずだが、「そうではない者たちが国の違いを問わず少なくはない」なかで、ウーゴは次のような信念を貫き続けてきた。
「状況を端的に伝える。良いプレーは賞賛する。そして、悪いプレーは率直に批判する」
そして、こう続ける。
「悪いプレーは率直に、客観的に批判する。必要とあらば徹底的に厳しく。でもね、それだけじゃないんだよ。手厳しく批判することもあれば、時には少しばかりのユーモアや“ポジティブな皮肉”みたいなものも言葉の端々に含めるんだ。とにかく、大切なのは聴いてくれているファンを裏切らないこと。
つまりは嘘を伝えないこと。ただ褒めるだけの“心地いい”実況なんて本当のファンは求めていないし、そもそも、どんなに私が何かを取り繕おうともそんなのは無駄でしかない。昼間に私たちの実況を聞いたファンは、夜のハイライト番組で実際に映像を目にするのだからね。『ウーゴが言っていたのはこのプレーなのか』と。
私の実況における描写と映像は完璧にリンクしなければならない。そこでの信頼性をわずかでも欠けばジャーナリズムは死ぬ。我々ジャーナリストが死ぬのは勝手だが、サッカーを殺すわけにはいかない。むしろ、私たちにはサッカーそのものと選手たちを育てるという義務、使命を負っているとの強烈な自負がある。だからこそ真実のみを伝えなければならない。言葉に加味していいのは愛情と情熱だけだ。
(取材・文:宮崎隆司)