アラーダイス監督、就任決定の背景
去る7月30日はイングランドのW杯優勝50周年。国民にとっては、母国代表の半世紀無冠を改めて思い知らされた日でもあった。史上最悪の敗北と言われたアイスランド戦でEURO2016を終えたイングランドは、16強敗退直後に身を引いたロイ・ホジソンの後任として、サム・アラーダイスの監督就任が決まったばかりだった。
ニューカッスルとウェストハムでは守備重視のスタイルがファンに嫌われたアラーダイスだが、代表での就任は国内メディアで概ね好意的な反応を得ている。それだけ、素顔はイングランド・ファンの母国人記者たちも代表の現状に危機感を抱いているということだろう。
22年間の監督キャリアで主要タイトル獲得歴のない61歳は、度重なる降格回避がトップレベルでの勲章。02年に昇格翌年の降格を回避したボルトンから、昨季に奇跡の残留を実現したサンダーランドまで、計5クラブをプレミアリーグの底辺から救い出してきた。いよいよ、アイスランドに負けるべくして負けた代表を救う時が来たということになる。
単にEURO後の立て直しということであれば悪い人選ではない。自信がどん底状態のチームはメンタル管理のエキスパートを新監督に迎えたと言える。巨漢でダミ声の“ビッグサム”ことアラーダイスには豪胆なイメージが強いが、指揮官としては繊細で綿密な一面も持つ。
スポーツ心理学の導入に関しては、ボルトン時代からというプレミアにおける先駆者。人心掌握の腕前は自他ともに認める強みでもある。ホジソンはアイスランドを甘く見たという指摘もあったが、敵の長所を消す戦術に長けたアラーダイスの対戦相手分析は徹底的だ。スロバキア、スロベニア、スコットランド、マルタ、リトアニアという組分けに恵まれた、9月開始の18年W杯予選でも油断はあり得ない。
しかしイングランドは、ドイツとの16強対決で力の差を見せつけられた10年W杯から根本的な立て直しの最中であるはずだった。FA(イングランドサッカー協会)は、同年に代表復興策の一貫として技術面に重点を置く育成指導面の改革に着手。一昨年には、『イングランドDNA』と銘打ってポゼッション路線の指針を改めて示してもいた。にもかかわらずのアラーダイス指名は、FAの信念の弱さによる人選としか言いようがない。