「相手は僕が蹴らないと思ったんじゃないかな」
右足の甲に残る心地よい感触を懐かしみながら、浦和レッズのキャプテン、MF阿部勇樹はホーム埼玉スタジアムの夜空を見あげていた。
「雨が降らなきゃいいかなと」
天も驚き、大雨の予報が早まってしまうのでは――と思わず案じてしまうほど、阿部本人を驚かせたスーパーゴールが決まったのは、0‐0で迎えた柏レイソル戦の前半32分だった。
レッズから見て左サイド、ゴールまで約23メートルの距離で獲得した直接FKのチャンス。ボールをセットするMF柏木陽介のもとへ、阿部が近づいていく。
直接狙うのならば、角度的には左利きの柏木より阿部が蹴ったほうがいい位置。レイソルが作る壁の状況を確認しながら、柏木が耳打ちする。
「アベちゃんが蹴らない?」
阿部が直接FKで相手ゴールを狙ったのは、今シーズンで一度しかない。脳裏にさまざまな計算を働かせながら、頼れるキャプテンは意を決する。
「あの位置から狙うこともあったし、(柏木)陽介がファーサイドへ蹴った折り返しを誰かが詰めることもあったし、いろいろなことができる場所だったので。ただ、相手は僕が蹴らないと思ったんじゃないかなと」
これまでならば、右利きの選手が狙う場合はDF槙野智章が担ってきた。しかし、アビスパ福岡との前節で一発退場を食らったことで出場停止となり、スタンドで声をからして応援していた。
裏を突いて自分が蹴り、シュートを枠のなかへ飛ばせば何かが起こるかもしれない――。自らボールをセットし直しながら、今度は阿部が柏木へ耳打ちする。
「そのまま走り抜けてほしい」
柏木にフェイントを入れてもらったほうが、タイミング的にも蹴りやすい。果たして、右手をあげて合図を送ってから助走に入った柏木が、巧みにボールをまたぐ。
レイソルの選手たちの視線は、完全に柏木の左足に釘付けになっていた。実際、4人が並んだ壁のうち、阿部の動きに反応して飛びあがったのは、向かって一番右側のDF中山雄太だけだった。
果たして、阿部の右足から放たれた弾道は緩やかなカーブを描きながら、中山の頭上をかすめていく。瞬時にフェイントを見抜き、体勢が崩れるのをこらえたリオデジャネイロ五輪代表GK中村航輔が、必死のダイブから右手を伸ばすも届かない。
狙いを定めたニアサイドの一番上、ゴールの隅を正確無比に射抜く芸術的な一撃。目を大きく見開き、満面に笑みをたたえた阿部が、瞬く間に歓喜の輪のなかに巻き込まれていった。