一躍救世主となったディミトリ・パイエ
ビッグトーナメントとて初めてではない。2014年のW杯でも5試合全戦に出場している。しかしこのときはベンゼマやヴァルブエナらがいた。先輩たちの下でプレーするのと、自分が中核となるのとでは、責任の感じ具合が相当違うものなのだろう。
グリーズマンに関しては、先のCL決勝戦でPKを外した瞬間、嫌な予感がした。これをひきずらなければいいな、と。メンタルコントロールに関しては選手によって十人十色で、失敗をバネに奮起する例もある。だが、14年のW杯から戻ったあと、心身ともに完全に疲弊して、パリSGでしばらく精彩を欠いていたチアゴ・シウバを見ていて、報われなかった疲労がいかにその後のパフォーマンスに影響を及ぼすのかを実感した。だから、グリーズマンはいい方向に立ち直ってくれれば、と願っていた。
しかしやはり、開幕戦では顔つきからして違っていた。出だしはいつもの調子だったが、サニャの右クロスからのヘディングが際どいところでポストにはじかれ、そのあとも会心のチャンスで打ったシュートがわずか右ポスト外側に外れた、このあたりから、焦りと不安が、彼のメンタルにプツリ、と差し込まれた感じだった。
エース2人が不調で、これは怪しくなってきたぞ……というところでチームを救ったのが、パイエだ。57分のジルーの先制点、右サイドから左足を使ってふわりと柔らかいクロスを上げると、GKと競り合いながらジルーがネットにボールを押し込んだ。
さらにパイエは、89分にも追加点をマーク。カンテからパスを受けると、伸びやかに左足を振り抜いて、ゴール左すみに放り込んだ。間もなく交代を告げられた彼が、涙ぐみながらピッチを去る姿は、翌日、ありとあらゆる新聞の表紙を飾り、まったくサッカーには興味のない人までもが「さすがにこのニュースだけは知っている」と話題にしたほどだった。
涙の理由をパイエは、「少し前まではこんなシナリオは想像もできなかった。それがこんな形になるなんて……」とここまでの行程が頭をよぎったら、感極まったのだと語った。彼はたちまち、レ・ブルーの「救世主」となり、レ・ブルーのEURO2016は、そんなドラマチックな展開で幕を開けた。