「わからないのが、いいんじゃないですか」
「ちょっと、あそこに入れてみようか」
FIFAのある会議で、出席していたフランツ・ベッケンバウアーが新しい公式球を手にしてそう言った。ポンと革靴で蹴ったボールは少し離れた屑籠にゴールイン。出席者の拍手を誘ったという。
スター選手の条件を1つだけあげるとすれば「蹴る能力」だと思う。
ボールコントロール、アイデア、スピード……いろいろな能力はあるけれども、結果を出し続けるからスターはスターと呼ばれるのであって、結果はキックによってもたらされる。パスもシュートも最後はほぼキックで終わるからだ。
ウズベキスタン戦、宇佐美は正確なシュートで代表初ゴールを記録した。GKに防がれてしまったが、左サイドからカットインしてファーポストを狙ったシュートも“らしい”一撃だった。
独特のキックの上手さについて聞くと、「説明できないです。振りが小さいとか言われますけど、自分ではまったく意識していないので。普通に蹴っているだけです。まあ、筋力ではないでしょうし、上手くボールに当てられているのか、体をしならせられているのか、自分ではわからないです」
おそらくベッケンバウアーやペレやマラドーナに聞いても「説明できない」と答えるのかもしれない。そもそもキックはその人固有のもので、人に説明してもあまり意味がない。同じ蹴り方をしても同じボールにはならないからだ。上手く蹴れていれば本人にとっては何の問題もないわけで、体が覚えているものは言葉にはしにくい。
そして、彼らは上手く蹴れないという経験もたぶんしていない。
「わからないのが、いいんじゃないですか」
宇佐美にとって、もうそこは問題ではないのだ。シュートが入るのはわかっている。終点は見えているので、そこまでの過程を作っている段階なのかもしれない。