「感謝の気持ちしかないです」
鳴り止むことのない自身のチャントを聞きながら、前田は深々と頭を下げ、その後もゴール裏へ振り返っては両手を挙げて声援に応えた。そして、どこか名残惜しそうにスタジアム内へ戻っていった。
「もう、なんと言えばいいかわからないですけど、感謝の気持ちしかないです」
今でも、磐田にとって前田は宝物のような存在だ。どんな時でも仲間のためにゴールを決めてきたストライカーは、その矜持と不断の努力で日本代表まで駆け上がった。
そして、新天地を求めた後も古巣の動向はチェックしてきた。昨季11月に味の素スタジアムで行われたJ2第39節・東京ヴェルディとの一戦のスタンドには、前田の姿もあった。J1復帰へラストスパートをかけていた磐田は前半に退場者を出しながら、3-0で快勝している。
逆説的だが、そんな愛着あるクラブが相手だったからこそ彼は、FC東京のためにゴールを決めたかったのではないだろうか。いつもと変わらぬポーカーフェイスではあったが、心中は複雑だったかもしれない。ゴールを奪えなかった悔しさと、人々の愛情を感じながら、前田はミックスゾーンを後にした。
次に激突するのは8月、舞台は味の素スタジアム。そこでもきっと、磐田サポーターは前田に拍手を送り、チャントを歌うだろう。そして、前田は感謝の気持ちを胸に刻みながら、ゴールを奪うために全身全霊を尽くすだろう。
(取材・文:青木務)
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