スタンフォード・ブリッジでアトレティコ相手に得点
一方でトーレスが負傷すれば、その数万の目は涙を流すことになった。その涙が氾濫を起こす程の量に至ったのは、2010年南アフリカ・ワールドカップ出場に固執した彼が、2度にわたって右ひざ半月板を手術したときのことだ。
スペイン代表指揮官ビセンテ・デル・ボスケにその努力を買われて、最終メンバーに選出されたトーレスだったが、決勝のオランダ戦ではそれに報いる褒賞を得ると同時に、大きな代償も支払っている。
オランダ戦、彼の上げたクロスは相手DFに当たってセスク・ファブレガスの足下に転がり、アンドレス・イニエスタが決めた決勝点の起点となった。だが、その得点直後にボールを追いかけた際には右ひざが悲鳴を上げ、銃弾を受けたかのように地面に伏した。その後エル・ニーニョを待ち受けていたのは、相手チームだけでなく、足の痛みとも争う日々だった。
「自分の決断が正しかったのかは分からない。ただ、あの時はそうだと思った。自分の望むものを手にするためには、いくつもの試練を乗り越えなければならない。ワールドカップ前の手術は、突破すべき試練だと感じたんだ」
トーレスのワールドカップ後に歩んだ道のりは、決して平坦なものではなかった。2011年冬には移籍金5800万ユーロでチェルシーへと移籍を果たし、袖を通すユニフォームを赤から青に変えた。
そこでは期待されていたような活躍は見せられなかったが、それでもチャンピオンズリーグ、ヨーロッパリーグ優勝を経験。ヨーロッパリーグ決勝ベンフィカ戦の得点の際には、アトレティコのレジェンドであるキコの“アルケーロ(射手)”のパフォーマンスを披露している。
またチェルシーの本拠地スタンフォード・ブリッジでの最後の得点は、2013-14シーズンのチャンピオンズリーグ準決勝セカンドレグで決められたが、その相手は運命のいたずらか、シメオネ率いるアトレティコだった。
試合の後半にジョゼ・モウリーニョから交代を命じられた際、エル・ニーニョはアウェースタンドに向けて惜しみない拍手を送っている。