終了間際のPK献上という反省材料
シナリオ通りに時間が経過していたからこそ、画竜点睛を欠きかねない場面を指揮官は反省点としてあげている。4分間が表示された後半アディショナルタイムに与え、バーに弾かれて九死に一生を得た森重のPKのことだ。
アビスパ陣内でボールがタッチラインを割った時点で、すでに後半49分を回っていた。さらに扇谷健司主審が笛を吹いたことで、試合が終わったとアビスパの選手たちは思ってしまったのだろう。
しかし、試合はFC東京のスローインで再開される。右サイドをドリブルで進むMF阿部拓馬への対応が遅れ、クロスを防ごうと飛び込んでいった末吉の右手にボールが当たってしまった。
「ボールの感触がめちゃ残っています。当たった瞬間は『終わった』と思いましたけど、ボムヨンがPKを止めてくれると信じて、その後のセカンドを拾って、試合を終わらせることだけを考えていました」
苦笑いする末吉とは対照的に、井原監督は表情を引き締める。PKを与えた末吉のプレーに対してではない。最後の最後に集中力を欠いてしまったチーム全体に対して、あえて警鐘を鳴らした。
「一瞬だけ動きが止まってしまったことは我々の甘さであり、反省点だと思う。ただ、これもサッカー。PKを与えても選手たちの気持ちが出ていたし、そういう姿勢がPKをバーが防いでくれる場面につながったのかなと」
キャプテンを務めた日本代表でのプレーを含めて、現役時代から「勝負の神様は細部に宿る」という精神を一貫して、愚直に追い求めてきたからこそ、指揮官としても勝って兜の緒を締めた。
FC東京戦の前の白星は、約4年半もさかのぼる。敵地でモンテディオ山形を5対0で一蹴した2011年11月19日の一戦に出場した選手で、FC東京戦でもプレーしたのは実は末吉だけとなる。
「最後にいつ勝ったのかは覚えていないけど……確かにここまで長かったけど、自分たちは去年のJ2の3番目で上がったチームなので、厳しい戦いになると予想していた。これだけハードワークをしなければ勝ち点3を取れないのがJ1。だからこそ今日の試合をベースにして、これだけ体を張って戦って初めて勝ち点3を取れるチームなんだと自覚する意味でも、いい試合になったと思う」
初勝利をあげても順位は暫定17位で変わらない。それでも、井原監督のもとで1年あまりにわたって積み重ねてきたものを激しく、泥臭くピッチ上で体現し続け、最後は神に祈る気持ちでつかんだ初勝利は等身大を貫いた意味でも、城後が川森社長へのショートメールで記した「きっかけ」になるはずだ。
(取材・文:藤江直人)
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