アジアの壁が福岡に“砦”を築く
現役時代“アジアの壁”と呼ばれた井原監督は福岡に砦を築いた。42試合で37失点を実現した堅守は特筆に値する。特に2位磐田と比べて得点数が少ないチームにとって、失点を減らすことは非常に重要だった。
その堅い守備から素早く攻撃に移り、少ない手数でゴールを陥れるスタイルでJ2を駆け抜けた。夏に加入したウェリントンの影響も大きく、前線にボールが収まるようになったことでサイドの亀川諒史や中村北斗がより生き生きとプレーするようになった。
そしてもう1人、昇格の立役者となったのが柏からレンタルで加入したGK中村航輔の存在だった。世代別代表候補にも継続して選ばれていた守護神は、下部組織時代から過ごした柏で控えに甘んじていた。菅野孝憲や桐畑和繁の壁は厚く、度重なる負傷にも苦しめられていた。
しかし苦難の時期を知る井原監督は中村を我慢して使い続け、本来持っていたポテンシャルを覚醒させる。常人では考えられない反応スピードでシュートを弾き出し、ビルドアップの起点としても機能するなど堅守速攻を象徴するプレーヤーとしてゴール前に君臨。J1昇格プレーオフでも再三スーパーセーブでチームを救い、飛躍の1年を過ごした。
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