永木の代わりを務めるわけではない
昨年4月29日に行われたサガン鳥栖戦。ホームのShonan BMWスタジアム平塚で、復帰後初ゴールを決めた直後のこと。ゴール裏を埋めたサポーターのもとへ全力で駆け寄っていった高山を、同じくフルスピードでフォローし、熱い抱擁を交わしたのが永木だった。
試合後に永木は、ちょっと照れくさそうにこう語っている。
「薫がゴールを決めれば、他の選手のときとは違う喜びがあるので。薫も本当に大変な決断をしてベルマーレに戻ってきてくれて、ホームでやっと決めてくれた。薫も嬉しかったと思うし、僕もそういう彼に対して喜びを表したかったので思わず行っちゃいました」
再び別々のチームになっても、竹馬の友でもある永木との絆の強さは変わらない。それでも、高山からこんな言葉を聞いたことがある。
「だからといって、傷をなめ合うようなことは絶対にしない」
キャプテンを拝命するか否かで思い悩んだときも、永木と話をすることはあった。それでも、そのときの会話は「別に重要じゃなかった」と高山は力を込める。
「キャプテンをやるかと言われた、という話をしたくらいだし、亮太も『そうなんだ』と言っただけでした。オレ自身も相談したいと思わなかったし、とりあえず言っておいた、という感じです」
キャプテンを務めた3年間。永木は文字通り背中でベルマーレを鼓舞し続け、悲願でもあったJ1残留を果たす戦いにおいて羅針盤の役割を果たした。
地位は人を作る、という格言通りに、誰よりもキャプテンマークが似合う闘将へと成長する軌跡は、リーグ最多の17個ものタイトル獲得を誇るアントラーズを魅了する。
2年越しのオファーを受けて移籍した新天地で、永木は背番号6を託された。本田泰人が2006年シーズンまで背負い続け、現役引退後はレジェンドの精神を受け継ぐのにふさわしい選手が現れるまで準永久欠番とされた番号。2008年シーズン途中から中田浩二が背負い、1年間の空き番を経て再び持ち主を得た。
J1を代表する名門で、眩い輝きを放とうとしている盟友へ。友情と書いて「ライバル心」と読む熱き思いが、高山の胸中に込みあげてくる。
「亮太は亮太らしくやれていたし、お手本になるかもしれないけど、だからといって一緒のことをしようというわけじゃない。同じ年齢だし、同期入団だし、尊敬もしているけど、オレ自身もアイツに負けるわけにはいかない。いなくなってしまったアイツの代わりではなく、もっと、もっとチームをレベルアップさせられるキャプテンになる努力をしていきたい」