北朝鮮戦の勝利がなければ、その後の歴史はなかった
自らの去就を決めるポイントについて、澤から幾度となく同じ言葉を聞いてきた。
「心と体が一致しなければ、多分そこで終わりなのかなと思います」
実際に心と体をハイレベルで一致させることが難しくなったことを、引退を決めた理由として澤はあげている。そして、自身となでしこジャパンが置かれた状況こそ180度異なるものの、ピッチ上で心と体を完璧なまでにシンクロさせた代表的な試合がアメリカ戦と北朝鮮戦だった。
特に神様にすがるほどの悲壮感を漂わせながらアテネ五輪出場を決め、その代償として澤自身が本大会欠場のリスクとも向き合った後者の結果がもしも逆だったならば。あくまでも仮定の話となるが、ワールドカップ制覇を含めた、その後のすべての歴史が変わっていたはずだ。
「自分のなかでは、いままでやってきたことすべてが多分、(今後へ)残すメッセージだと思うので。もうこれ以上、(この場で)言うことはないですね」
引退会見で後輩たちへのメッセージを問われた澤は、はにかみながら恐縮するしぐさを見せた。苦しいときには私の背中を思い出して――。日本女子サッカーの歴史を救った北朝鮮戦での魂の90分間は、ワールドカップのMVP及び得点王獲得という金字塔以上の輝きを放ちながら、未来永劫に語り継がれていく。
【了】