ヴェンゲルに生き、ヴェンゲルに死す“アーセナル道”
その最新例であるサンチェスは、移籍1年目の昨季中から過度の依存が危惧されていた。カソルラはセンターハーフ起用が意外にも奏功しているが、フランシス・コクラン台頭の他にも中盤中央の戦力アップを見ていれば、駒数が揃っている2列目要員の1人であり続けただろう。
代役が乏しいポジションの欠員はチームとして補う方法もある。例えば昨季は、得点源のジエゴ・コスタに負傷欠場が続いたチェルシーが、堅守への意識を強めて優勝へとひた走った。だがアーセナルには、基本姿勢を曲げる意思もなければ、スタイルを変えて戦い続けるだけの適応力もない。
となればヴェンゲルは、予てから補強課題と言われている新ストライカーと新ボランチを買っておくべきだった。そのための資金も十分にあったのだ。
つまり指揮官には、故障者続出の直接的な責任はなくても、故障者発生が目立ってしまう点で責任があると言える。
ただし、これは言わば両刃の剣。ヴェンゲルのアーセナルが美しい理由でもある。敢えてフィールド選手を補強しなかった今夏の判断は、配下の選手に対する絶対的な信頼の証だ。
手負いのアーセナル戦士たちも本望なのだろう。「剣に生き、剣に死す」が武士道であれば、「ヴェンゲルに生き、ヴェンゲルに死す」のが“アーセナル道”なのだと。
【了】