クラブ史上最多の動員数を記録したソニー仙台戦
48歳になったばかりの中山本人が、誰よりも忸怩たる思いを胸中に募らせていたのではないだろうか。
「チームが下痢のときと便秘のときにだけ、僕に出番が回ってくるんですよ」
ハンス・オフト監督に率いられた1990年代前半の日本代表で、スーパーサブとして記録と記憶に残るゴールを連発。「ゴン」という愛称とともに、全国区の人気を博していったころの中山の口癖だ。
中山流の定義では「下痢」は大差がついている、対照的に「便秘」は拮抗している試合展開となる。そして、目の前で繰り広げられている一戦はまさに「便秘」そのものだった。
10月3日。中山が現役復帰を果たしたことで大きな注目を集めたJFLのアスルクラロ沼津は、ホームの愛鷹広域公園多目的競技場にセカンドステージ首位を走るソニー仙台を迎えた。
詰めかけた観客数は8337人。今シーズンはもちろんのこと、前身の沼津アーセナルが設立された1977年から現在に至るチームの歴史上でも史上最多を記録した。
満員となったメインスタンドが発した熱気と大声援が、選手たちを鼓舞したのか。0対0で折り返した後半20分に右サイドを完全に崩し、最後はMF蔵田岬平が先制点をゲットする。
ここまで無敗をキープしてきたソニー仙台も、怒涛の反撃に転じる。6分後に同点ゴールを、3分間のアディショナルタイムに突入する直前の45分には決勝ゴールをともに頭で叩き込む。
ダメ押しの追加点。相手を再び突き放す勝ち越し弾。そして、起死回生の同点弾。スーパーサブに求められる役割が刻々と変化していくなかで、スタンドで観戦していた中山は戦況を見守るしかなかった。