韓国戦でブーイングがなかった理由
では、韓国戦ではなぜ“無風状態”だったのか。実は、日本対韓国の試合ではまったくブーイングがなく、いわゆる一般的な中立地での試合を変わりなかった。
「60年前の朝鮮戦争をご存知でしょう。中国は北朝鮮との結びつきが強いですが、韓国とはそうではありません。アメリカ、日本、韓国を中国では1つの集合体として見ています。つまり……同じボスにコントロールされているということです」(A氏)
ボスとはアメリカのことだ。日本と韓国、どちらにもポジティブではないため何も起きなかったのである。
ここまで聞くと、反日感情が起きる理由が良く分かる。だが、A氏は「とはいえこれだけは伝えたい」と念を押してきたことがある。
「スタジアムで見たことは本当の中国ではありません」。A氏は繰り返しこのフレーズを使った。「スタジアムは特殊な環境で、非常にアグレッシブになります」と解説すれば、アトキンス氏もそれに同意する。
「どこのスタジアムでもそうですが、独特の雰囲気があります。特別な場所では、普通とは違う感情になるものです。スタジアムにはたくさんの人がいて大きな集団になるため、個人の責任がありません。『やらないといけない』という雰囲気に飲まれる人は多くいます」
日本で言えば、同調圧力というものだろう。周りがやっているからやる、やらないといけないように感じる、そんな雰囲気があるという。両者の見解としては、「一般の人々は強い反日感情を抱いていない」というものだ。
私もそれを感じた場面がある。別の中国人記者から「日本の記者は試合のどこを見ている?」「どんな記事が好まれるのか?」「なぜ日本の記者は試合中に時計を2つ用意するのか?」などの質問を矢継ぎ早に受けた。
A氏への取材に同席した別の中国人記者によれば、「中国メディアは日本メディアを『自分たちよりレベルが高い』と思っている」とのことだ。反日感情が強ければ、「日本人から学ぶ」という姿勢にはならないのではないだろうか(2つの時計は私の使用している温湿度計のことだった)。
ちなみに件の日本対北朝鮮戦では、無関係の中国人記者陣もゴールに歓喜していた。A氏は「記者も国民ですからね……」と苦笑したが、日本と中国ではメディアのあり方も違うのだろう。日本には“宣伝部”のようなあからさまな検閲組織は存在せず、基本的にメディアは中立だ。