奇跡を起こす代理人、ジョルジュ・メンデス
「どこでプレーしたい?」
クリスティアーノ・ロナウドに「奇跡を起こす男」と絶賛されるジョルジュ・メンデスというサッカー代理人が潜在的な顧客に出会った時に発するのはこの一言だ。そして、選手が自らのクライアントとなれば必ず選手が望む通りのストーリーとステージを用意し、夢を実現する。
「現代のおとぎ話」という表現でレアル・マドリーへの移籍の真実が語られているハメス・ロドリゲスがいい例で、まだ無名に近い存在だったハメスにメンデスは「夢は叶うから、その時が来るのを落ち着いて待つように」と諭し、わずか3年後には夢を実現させる。ブラジルW杯後にコロンビアに戻り、友人とレストランにいる時にメンデスからマドリーへの移籍が決まったと報告され、「5分くらい放心状態で黙っていた」とハメス本人が赤裸々に明かす描写は実に生々しい。
昨夏の移籍市場で370億円相当の移籍オペレーションをまとめたことからもわかる通り、今や移籍市場においてジョルジュ・メンデスは完全なる主役だ。しかし、代理人という立場もあって、事実や真実よりも噂や作り話が先行してきた。
17歳だったロナウドはなぜロンドンでアーセナルの施設を見学しながらマンチェスター・ユナイテッドへ移籍したのか? アトレティコ・マドリーで世界的ストライカーへと成長したファルカオがモナコへ移籍した理由は単純にお金の問題だったのか?
『サッカー代理人 ジョルジュ・メンデス』の書評では、近年の移籍市場におけるこうしたビッグオペレーションの秘密をメンデス本のために全面協力した当事者が証言することで次々と解き明かす。
また、巧みな社交術で今や100人を越えるサッカー選手および監督の代理人を務めるジョルジュ・メンデスのサッカー代理人としての仕事ぶりは、書店に溢れ返るビジネス書を読み漁るよりも端的に「本物の成功者となるために必要な努力と覚悟」について教えてくれる。
国外クラブの会長や監督との関係を構築するため、週に数日アポなしで300キロ離れた街に出向いたり、死を覚悟するような交通事故に遭って顔中血だらけになる中でも救急車ではなく飛行機に飛び乗って会合に出るような行動をメンデスは平然とやってのける。エピローグでメンデス本人が説く奇跡の原理は彼以外の人間から聞いても説得力を持たないだろう。
最後に、訳者の木村浩嗣氏は今月(15年7月)で『footballista』編集長を退任された。登場する各選手の詳細な移籍エピソードを的確な日本語とサッカー用語で翻訳し、ストーリーとしての流れを持たせる作業は創刊から9年に渡りフットボリスタ編集長を務めた彼でなければ不可能ではなかったか。
訳者としてまるで好ゲームにおける主審のように存在感を消せる木村氏の“編集長”としての集大成でもある本書には、仕事へのこだわりと粘り、サッカーへの愛がたっぷりと詰まっている。
【了】