シーズン途中での監督交代に踏み切った鹿島
今季は1stステージを8位で終え、2ndステージは3節の時点で1勝1敗1分。前節は6連敗中の松本山雅FC相手に0-2で敗れた。年間順位も8位と中位を彷徨う鹿島だが、この松本戦がセレーゾ体制の終焉を決定付けることになった。
セレーゾが初めて鹿島の監督に就任したのは2000年。初年度にJリーグ史上初となる国内3冠に導き、常勝軍団の名を確固たるものにした。さらに小笠原満男、本山雅志、中田浩二ら若手を積極的に起用し、世代交代も進めていった。2005年まで6シーズンに渡って長期政権を築くなど、多くの人から愛された監督だった。
そして2013年、鹿島は再びセレーゾを監督として招聘する。過去にチームを率いてタイトルを獲得し、クラブの理念や哲学もよく理解している元セレソンは、チームの再生にうってつけの存在だった。2013年は5位に入ると、昨季は3位。もちろん、優勝が義務付けられるクラブにとっては満足できるものではなかったはずだが、今後に期待を抱かせるには十分だった。
しかし、現実は甘くはなかった。2月に開幕したACLで躓くと、J1でも勝てず公式戦5連敗という最悪なスタートを切った。過密日程により疲労が蓄積し、不安定な戦いが続く。波に乗ることができず、結局、今季ここまでのリーグ戦では一度も連勝することができていない。
若い選手がポテンシャルを発揮し、ベテランが土台を支えた昨季の鹿島は、強豪復活を予感させた。しかし、何としても勝たなければならなかった試合で敗れていたのも事実だった。
2014年のJ1最終節、サガン鳥栖戦。鹿島をJ屈指の強豪に押し上げた鈴木満常務取締役強化部長は試合後、記者陣に囲まれながら悔しさを露わにしていた。