恩田社長にバレぬよう奮闘するサポーターたち
開門前、恩田は母の日にちなんだ企画のブースにいた。来場客に折り紙でカーネーションを折ってもらうというものだ。恩田は車椅子に座っていた。本人に聞くと、自分の足で立てないわけではないが、強い風が吹いているため、危険回避でスタジアム備品の車椅子を借用したとのこと。
ブースには幼い子供を連れた若い家族連れが引きも切らさずにやってくる。小さな手で一心不乱にカーネーションの折り紙を折る子供たち。車椅子に座りながらそれをじっと見つめる恩田(写真)。彼にもこの春、小学校と幼稚園に入った二人の子供がいる。
風は強いが陽射しはまぶしく、じりじりと座ったままの恩田を照りつける。隣にはこの5月4日に急遽FC岐阜の個人オーナーであるJトラスト社長の藤澤信義から派遣された同社の山﨑明日香(やまさきあすか)が社長付きとして派遣され付き添っている。
山﨑はかつて藤澤に引き取られる前に恩田が在籍したネクストジャパンという会社に恩田と同期入社した社員だった。その後、経営難に陥った同社を藤澤が引き取り、恩田ともどもJトラストの社員となった。いわば社会人になってからずっと恩田の“戦友”だった人である。
その恩田のいるブースの前をサポーターの尾関が何度か通りすぎた。腹に何かを押さえつけるようにしている。聞いてみると、先述のパウチした告知チラシだった。書いてある内容が見えないように裏側にして腹に押さえつけているのだ。
そして、どこに貼り出せば効果的で恩田の目に入らないのかを考えながらウロウロと歩き回っている。カチタカメンバーから総勢20名ほどがかかわって進めてきた企画だ。ここで恩田に知られて台無しにするわけにはいかない。四十をとうに過ぎたおっさんサポーターたちが律儀にそういうことを守っている。見ている私はその律義さがおかしくて涙がにじみそうになった。
キックオフ30分前。恩田のいる運営本部室から50メートルと離れていない入口の外に北高関係者が集合した。薄暗い中でみんなちょっと不思議な表情を浮かべている。嬉しそうでいながら悲しそうでもあり、浮かれているようでありながら緊張しているようでもあった。担当のクラブスタッフが改めて移動の時間や場所、その導線などの段取りを伝える。
18時50分。時間がきた。