スアレスが打ち明ける有名選手や監督たちの実像
ただし、タブロイド的な興味をそそるのは、本書が持つ魅力の一端に過ぎない。むしろ最大の魅力は、全編を通して語られる有名選手や監督たちの実像、クラブチームや代表チームの内情、トレーニングや試合のディテール、サッカー選手としての日常風景にこそある。
アヤックスの時代、コーチであるデニス・ベルカンプと練習した時の感激、マルコ・ファン・バステン監督との微妙に醒めた関係、わざわざ「ユール・ネヴァー・ウォーク・アローン」を合唱してくれたサポーター等々。スアレスの目に初めて映った「ヨーロッパ」は実にビビッドだ。リバプールでの日々、そして母国ウルグアイや代表チームの話題になると、口調はさらに熱を帯びる。
個人的には、プレミアで繰り広げた激闘の模様や、ブレンダン・ロジャースが着手した改革の内容なども興味深く読んだが、リバプールというクラブやアンフィールドの雰囲気を、的確に表現している点にも惹かれた。スアレスが語るリバプールの“カルチャー”は、評者が抱いているイメージに極めて近い。少し長くなるが引用しよう。
「このクラブには何とも言えない魅力がある。初めてホームスタジアムのアンフィールドを訪れた時に最も印象に残ったのは、その小ぢんまりとした佇まいと歴史の古さだった。控え室を覗いてみれば一目瞭然だ。備え付けのロッカーが年代を感じさせるというようなレベルではなく、ロッカーそのものが存在しない。ドアを開けて足を踏み入れると、これが見事に……普通なんだ。(中略)広く改装すべきだと思うかもしれないけど、そう思っているリバプール選手は一人もいないはずさ。あの雰囲気を変えてしまったらアンフィールドではなくなってしまう」
むろん本書の楽しみ方は、他にも無数にある。というよりもウルグアイで生まれ育ち、アヤックスやリバプールで名を轟かせ、今やバルセロナでリオネル・メッシやネイマールと共に活躍している人間の独白録が、面白くないわけがないのだ。
本書は現代サッカーの「考現学的な資料」としても価値が高い。最近出版された選手の自伝としても出色の出来だといえる。これは山中忍氏の訳出に負うところも大きいはずだ。チェルシーファンである氏は、まさにスアレスに噛み付かれたブラニスラヴ・イヴァノヴィッチのような心境を、しばらく味わったかもしれないが。
【了】