国内では絶対的な地位を得たユベントス。CLでは…
パレルモに勝利したユベントスは、事実上のスクデット4連覇を手中にした。イタリアフットボールの歴史上では、1930年から1935年までに5連覇したユベントスと、2005年から2010年までにインテルが4連覇(1回はカルチョ・スキャンダルによる繰り上げ優勝)したときの2回しか起きていない偉業である。
連覇はイタリアだけでなく欧州の4大リーグの中でも非常に珍しいケースだ。レアル・マドリーは1960年代と1980年代の終わりに、バルセロナは1990年代の初めにそれぞれ4連覇を成し遂げている。アレックス・ファーガソンが率いたマンチェスター・ユナイテッドは2度のプレミアリーグ3連覇、そしてバイエルン・ミュンヘンは今季、3度目の“スリーピート”を達成しようとしている。
しかしながら、ユベントスのイタリア国内での優勢は、徐々に絶対的なものになりつつある。過去2シーズンを振り返っても、昨季は4大リーグで歴代最多の102ポイントという信じられない数字で優勝を決め、今季も夏に予期せぬアントニオ・コンテ監督の退任があったにもかかわらず、2位のローマに10ポイント以上の差をつけている。
ユベントスのサポーターとクラブは、ここ近年の偉業に対してもっと喜ぶべきだが、イタリアで勝つことだけではもはや心を満たされずにいる。ユベントスが夢見ているものは、チャンピオンズリーグのトロフィーだ。
クラブは長い歴史の中で7度も決勝を戦っているにもかかわらず、“ビアンコネーリ(白と黒、ユベントスの愛称)”は今まででたった2つのトロフィーしか棚に飾れていない。その数はレアル・マドリーの10どころか、国内ライバルであるミランの7つやインテルの3つと比べても見劣りする。
その上、ユベントスの2度の優勝は両方とも猛烈な忍耐を要するものであった。まだ“チャンピオンズカップ”と呼ばれていた1985年に初優勝を飾ったとき、ミシェル・プラティニやズビグニェフ・ボニエク、さらに1982年ワールドカップ王者となったイタリア代表選手が中心だったチームは、審判の間違った判定でPKを獲得できたおかげで、なんとかリバプールを1-0で下すことができた。
しかし、決勝が行われたブリュッセルでの夜は、本当の事件が起きてしまった。スタンドの英国フーリガンがユベントスサポーターが占領していた区域に突入すると、古いヘイゼル・スタジアムは崩壊し、39名のサポーターが命を落とした。最後は勝利を祝える状況ではなかった。