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兄が語るディエゴ・フォルラン「若い選手にとっての見本であり続けて欲しい」

フォルランには二人の姉と兄が一人いる。兄であるパブロ・フォルランは、ディエゴの良きパートナーとしてセレッソ大阪移籍にも関わった。その兄は弟のことをどう見ているのだろうか。パブロ・フォルラン本人を直撃した(取材協力:木村精孝、『フットボールサミット第24回 美しく危険な男 フォルラン』転載)。

text by 編集部

ディエゴは小さい頃からサッカーの才能があった

兄が語るディエゴ・フォルラン「若い選手にとっての見本であり続けて欲しい」
ディエゴ・フォルラン【写真:Getty Images】

――弟であるディエゴ・フォルランの日本移籍にも携わっていたそうですが、パブロさんは代理人とは別にどのような役割を担っているのでしょうか?

「ディエゴがプレー面以外の煩わしさから解放されるように努めるのが私の仕事と言えます。他者とのフィルターを務めたり、財産を管理したり、マネージャー的な役回りをすることもあります。私と彼は兄弟ですが、ビジネスパートナーであるとも言えます」

――子どもの頃の印象的なエピソードがあったら教えてください。

「ディエゴが歩き始めてから初めてのクリスマスで、父がクリスマスツリーの下にサッカーボールを置いていたんです。するとディエゴがよちよち歩きでボールに近づき、ボールを抱え上げたときに満面の笑みを浮かべたんです。

 これは忘れられない思い出ですね。他には、少し大きくなってからの話なのですが、彼にピンポン玉を渡したときのことを覚えていますね。中庭でピンポン玉を塀に向かって投げて跳ね返ってきたところをキャッチする、ということを1日中繰り返していました。

 ディエゴは小さい頃からサッカーの才能もありました。2歳にもならない頃から右足でも左足でも低く強い弾道のシュートが蹴れましたよ。当時から身体のコーディネーションが優れていましたね」

――今回の移籍交渉に携わった木村精孝氏からJリーグへの移籍の話をもちかけられたわけですが、この話がある前から、ディエゴは日本でプレーすることを現実的に考えていたのでしょうか?

「全然考えたことがありませんでしたね。木村さんと初めて会って話したときに、彼が話す言葉の中に日本の皆様からの大きな期待と熱意を感じました。その熱にほだされてしまいましたね。あの日を境に、時間の経過とともに、日本が私たちにとって興味深い国になりました。その結果ディエゴ自身も日本でプレーしてみたくなったのだと思います」

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