英国人の“無意識”という問題
もちろん、槍玉に挙がったチェルシーのファンにしても、その大半は「同志」扱いされている数名の言動に対し、「嫌悪を覚えている」とされるオーナーのロマン・アブラモビッチや、会見で「慚愧に堪えない」と語ったジョゼ・モウリーニョ監督と同じ心境だろう。ファン雑誌『cfcuk』編集者のデイビッド・ジョンストン氏がBBCラジオで強調していたように、チェルシーのファンは「オーナーがユダヤ系で、黒人を含む外国人選手が多いチーム」をサポートする人々だ。
だが、聴取者の声には「冗談のつもりだろう」、「(主将で人種差別問題の過去を持つ)ジョン・テリーへの声援代わり」、「その男性はPSGファンだったに違いない」といった意見も混じっていた。差別意識がなければ構わないと思えてしまう感覚こそが問題。その感覚は、チェルシーなどのクラブのファンになってから芽生えたものではなく、英国で生まれ育つ過程で身に付いたものであるはずだ。
個人的には、昨年末にFA(イングランドサッカー協会)にウィガンのデイブ・ウィラン元会長(3月3日に辞任)が差別行為で処分された一件にも、今回の事件と同等のショックを受けた。国内紙のインビューで中国人を「チンクス」と呼び、ユダヤ人を「カネ好き」と評した発言が侮蔑や偏見を含む問題発言とみなされて、1ヶ月半の謹慎と罰金5万ポンド(約900万円)を言い渡された一件だ。
ウィランは、外国人富豪が増える一方の国内オーナー界の「良心」だった。元選手の顔を持ち、引退後のスポーツ用品小売業で築いた富で地元クラブを買収した「好翁」は人当たりも良くて思慮深く、筆者も敬意を抱いていた。
そのウィランでさえ、悪意はなくとも軽い気持ちで差別的な言葉を口にしてしまうのが、この国の悩ましい現状なのだ。最後まで「人種差別者などではない」と主張していた78歳には気の毒だが、情け容赦なく裁いたFAの姿勢は正解。同様に、チェルシーが容疑者と見なしている5名に関しても、永久追放が決まればせめて実名を公表して今後への戒めとするべきではないだろうか?