自分の才能を引き受ける生き方を選択
「この特選ロース(1人前1500円)って旨そうっすねえ」
わかったよ、ハイ2人前追加。君は遠慮ってもんを知らんな。僕は、アスリートの食欲はその程度か、食べるのも仕事だぞともっともらしいことを口では言いつつ、内心はもうそれくらいにしておけと思っていた。
「リョウって、それなりに高い服を着ているのに、なぜかダサいんですよ。どうしてだと思います?」
知らねえよ。仮にそうだったとしても、顔と性格の良さで充分カバーできるだろ。
「あ、リンゴジュースお願いします。いまの店員のコ、きれいだなぁ。どうすか、あのタイプ」
大木よ――もうちょっと実のあることを話せないのか。浮かれるのも大概にしたまえ。
そうかと思えば、次のようなことを真面目に語った。
「サイドバックって地味なポジションですけど、面白いんですよ。セーターバックやサイドハーフのカバーリングにはコツが要るし、攻撃のバリエーションを広げるのもサイドバックの役割。1対1の局面を制することによって、チームの安定感が飛躍的に高まる。なかなか数字には表れづらい仕事ですが、自分には向いていると思います」
こんな若者ではあるが、自分の才能を引き受ける生き方を選んだのである。極めて限定的で、不確定要素に満ちた才能を。そのことに僕は敬意を覚え、白めしと肉をすいすい腹におさめていく姿をまぶしく見ていた。お会計はふたりで1万7907円。大木、いい肉を食いすぎなんだよ。
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