多くのジレンマを内包
スペインでは、今年になってウルトラサポーターが130人補導されており、内訳を見るとトップ3にアトレティコ、レアル・マドリーのラディカルサポーターが含まれている。
警察発表によれば、その数は昨年の62%増だ。スタジアムは、祖父が孫を連れて見に行けるような安全な場所であって欲しいというのは、誰もが願っていることだが、同時に(少なくともスペインでは)常に人生、生活における欲求不満を吐き出しにくる人達を受け止める器としての働きもあった。
法を盾に、若さゆえに発した一言で、スタジアムの出入りを生涯禁止されるという措置があっても、反暴力の名の下なら行なわれていいのだろうか。
暴力反対を叫ぶのは簡単だが、その基準をどこの誰に委ねることになるのか、その裏で動く利権によって基準がぶれることはないのか、など内包する問題は多い。それでも、事件がおきてからの対応では遅い。そこがジレンマだ。
今回、問題に告発の対象としてプロリーグが挙げたものは、メッシやバルサ、カタルーニャ、ベティスなど、人名や地名、チーム名の上にPuta(娼婦の意、英語のファッキングのニュアンス)の言葉が被されたものであり、これらは確かに放送禁止擁護であり、教育委員会の面々なら、眉をひそめることばではあるが、スタジアムは学校ではない。
元レアル・マドリーの選手、グティなどは自分が“グティのゲイ野郎”とスタジアムで叫ばれる度に、「モチベーションがあがった。そういう時は、大抵、自分が良いプレーをしている時だから。それを含めてサッカーだし、プレーしている選手はよっぽどじゃなくちゃ気にしない」と発言した。
人種差別発言などは問題外だが、ことば自体に差別があるわけではなく、裁く側や解釈によって差別が生まれることもあるわけで、その基準と処分に関しては、今後も十分な考慮が必要になるのではとないかとこの風潮に思う。
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