ピクシーはテレンの上で常に正しい選択をする組織的な選手だった
今から12年前、オシムがジェフの監督として来日した2003年2月の最初のインタビューでストイコビッチのことを聞いた。ピクシーはすでにそれより一年半前に名古屋で現役を退き、パリに戻っていたが、すれ違うように日本にやって来た元ユーゴ代表監督はJリーグを魅了した妖精の評価を具体的にどう下すのか。
そのタイポロジーの仕方によって、開幕前でまだ手探りだった指揮官としてのオシムの実像を推察しようと思ったのだ。オシムは言った。
「賢い男だった。ピクシーはテレン(ピッチ)の上で常に正しい選択をする組織的な選手だった」
いささか古い比喩だが「東欧のブラジル」と呼ばれ、超絶技巧を誇ったユーゴ、今のセルビアやクロアチア、モンテネグロの猛者たちを束ねたオシムにとってスキルの高い選手は欠伸が出るほど見てきた。その中でストイコビッチを代表チームの核に据えようとした理由は紛れもなくフットボールにおけるその知性にあった。オシムは続けた。
「若いけれど、プレイヤーのテクニックはサーカスのように周囲に披露するのが目的ではなく、ゴールという最終目的に行使するためにあるということが分かっていた」
今になって思えば後によく口にした「エキストラキッカーはチームに2人か3人」「水を運ぶ選手」というレトリックに連なる評であった。
そしてもう一人、オシムがその知性を求めて90年W杯イタリア大会で急遽招集したのが、現在のボスニア代表監督のサフェット・スシッチだった。当時、25歳のストイコビッチに対して彼は35歳だった。ベテランの域にいたスシッチは1982年のW杯スペイン大会以降、代表には一切召集されておらず、本人も驚く抜擢だった。これについては「サフェットはパリ・サンジェルマンで最高の技巧と知性を持った選手。そしてそれは時間を経たユーゴの代表チームにおいても優れていた」ということで英断を下している。
今年の3月、インスブルックでキャンプを張るスシッチにこのときのオシムのプランをどのように理解していたのかを聞いた。
「とにかく1982年から代表から遠ざかっていたのでびっくりしたが、自分は年齢もあってフル出場は厳しかった。当然ながらシュワーボは私に運動量というよりも動きの質を求めていたし、それを他の選手に見せることを目的としていた。実は私がボスニア代表チームを構成するにあたり(32歳の)ミシモビッチを呼んだのも同じような理由によるのだ」
チーム作りにおいて他のメンバーを啓蒙すべき人材が重要であるという哲学を恩師から受け継いでいることを強調した。
メディアがかまびすしかったあのユーゴ最後の代表チームのセレクトにおいて、若いピクシーと8年ものブランクのあったサフェットの起用。少なくともオシムにとってサッカー脳は経験以上に先天的なものとして捉えている感がある。
ぶつけてみるには面白いテーマだ。
――「頭のいい選手、悪い選手」をテーマにサッカー選手のインテリジェンスの重要性を掘り下げるとき、あなたが考えるサッカー選手の知性はどういうふうに定義されますか? 問うと、少し間をおいて口を開いた。
「確かに私はサッカーにおけるインテリジェンスをよく口にしているが、それを説明しろというのは難しい。いいサッカー選手はまるでいい料理人のように、まるでいい職人のように、そしてまるでいい将軍のようにどのような状態においても答えを導き出すことが出来る。インテリジェンスとはそういうものだ。
つまり、知性とは何の仕事においても共通する普遍性があるもの。サッカー選手はどの状況においてもその場で問題の対策を見つけて解決しなければならない。サッカーの場合、ピッチ上では経験したこともなく、予想もできなかった事態がよく起こる。そんなときにイノベーションを持って、すぐに反応することが大事だが、それは容易なことではない」
――そのあたりはプロであっても日頃の練習で大きく改善できると思いますか? あなたの練習では常にその判断力を養おうとしていました。実際にインテリジェンスをつけるには経験以上のものがあるのでしょうか。
「問題が起こったときにどう考えるのか。人はよく経験主義に陥りやすいが、それはまた先入観になってしまうこともある。いろいろな意味で広い教養や知識を持つことは重要だが、だからといって大学の教授になる必要はない。言えるのはやはり広く俯瞰した目を持つことだ。
インテリジェンスを多く持つサッカー選手はチームメイトが局面ごとにどういう問題を抱えているかを把握できている。前線で、サイドで、ゴール前で、どんな問題が起こりそうか、あるいは起こっているのか。
そして、そういった問題を他人とは違う方法で早く解決できるプレイヤーをインテリジェンスがあると呼べる。そこにはセオリーというよりもオリジナリティーがある……」(続きは『フットボール批評issue02』にてお楽しみください)。