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Jリーグ 10年前

“雑草軍団”松本山雅、初のJ1へ。緻密な指揮官・反町康治、サッカー不毛の地で埋もれた才能を再生

text by 元川悦子 photo by Getty Images

プロフェッショナルの厳しさを植え付ける

 実際、「パラレル」「ピラミッド」「クロスモード」といった用語作りと約束事の徹底は即効性があった。

「ゾーンの守備の仕方を明確にしてくれただけで頭がすごくクリアになった。『セットプレーの守備の時に水を飲まない』といった細かいルールを守っていくだけでも試合では結構通用した」と話す選手もいて、反町イズムは確実に浸透していったのだ。

 その戦術を理解できなかったり、規律を守れなかった者はどんどん振り落されていく。JFL時代に山雅の中心だった選手でも、出場チャンスが与えられなくなっていった者はいた。

 そうやって指揮官はプロフェッショナルの厳しさを植え付けていった。その結果が1年目の後半戦に如実に表れる。前半戦は勝てずに苦しんだ彼らが7試合無敗記録を2度も打ち立て、残り3試合の時点までJ1昇格プレーオフ参戦の可能性を残して戦うことができた。最終順位は12位だったが、滑り出しは上々だったと言っていい。

 2年目の2013年はJ1昇格経験のある岩沼俊介やGKのバックアップとして村山智彦らを補強。序盤戦は思うように結果が出なかったが、夏場に犬飼智也、岩上祐三をレンタルで補強してから右肩上がりで結果がついてきた。

 もともと反町監督は緻密な分析を基にリスタート対策を入念に立ててきた監督だったが、精度の高いキックとロングスローを持つ岩上の加入によってそのバリエーションは確実に増えた。

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